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 結婚宣言をしたといっても、すぐに入籍するわけでも、同居するわけでもなかった。  そういえば菜月は、泉のことを何も知らない。  ずっと独身だったのか。それとも誰かと結婚していたことがあるのか。  どちらにしても、あれこれとしがらみがあるのだろう。子どもである――年齢的にもそうだし、父の娘ということもそうだ――菜月には、あずかり知らぬことだが。  明確な変化といえば、泉が頻繁に家に立ち寄るようになったことだ。もちろん、仕事ではない。帰宅途中やわざわざ家に帰ってから、彼女は渡辺家にやってくる。冷蔵庫の作り置きの半分くらいは、泉の手料理に置き換わっていた。  記憶の片隅にある母のものとも、父のものとも違う手料理は、最初こそ味に違和感を覚えた。全体的に薄味で、濃くなりがちなおかずが多い食卓で、ホッとするようになるのもすぐだった。 「煮物は明日の方が味が染みて美味しいから、今日はきんぴらがおすすめ」  そう言って置いていったので、きんぴらごぼうを小鉢に取る。味噌汁はインスタントでお湯を入れればできるし、メインのおかずは帰りにメンチカツを買ってきていた。  誰もいない部屋での食事は寂しいから、たいていの場合、テレビをつけている。午後六時台は、だいたいどこの局も夕方のニュースをやっていて、特にこだわりがないから、コマーシャルになっていない番組を適当につけっぱなしにする。  朝のワイドショーやバラエティよりも、少し硬いニュースを扱う夕方のメインアナウンサーは、中堅からベテランの男性だ。  その口から、「生理の貧困」という言葉が飛び出してきて、菜月は思わず、手を止めて画面に見入ってしまった。 「近年、若い女性の間で『生理の貧困』が問題となっています。実際の女性の意見を聞いてみましょう」  夕飯時の番組で、わざわざ取り扱う題材だろうか。  首を傾げてしまうけれど、普通の家庭での夕飯は、家族が揃う可能性が一番高い。身近な社会問題を取り上げることで、家庭内での議論の促進になるのかもしれない。  ……想像してみたら、父親が気まずくなって、チャンネルを変えてしまいそうだ。  架空の一家に思いを馳せていると、若い女性が、インタビューに応じていた。  きれいに手入れされたトレンドの服。茶色く染まった髪の毛に、パッチリと目を大きく見せるためのカラーコンタクト。小さいバッグは、よく見れば、中学生でも知っている有名なブランドのロゴがついている。  スマートフォン片手に、 『ナプキンとかって、どうしても後回しになっちゃうんですよね。スマホ代も、コスメや洋服代も捻出しなくちゃならなくて。意外と高いじゃないですか、アレ。男の人にはわからないんだろうなあ』  と言ってのける姿は、「貧困」という言葉のイメージからは、かけ離れていた。  行儀はよくないが、今はひとりきりだ。菜月は、スマートフォンでSNSを軽く検索する。「生理 貧困」……リアルタイムで呟かれた番組の感想が、わらわらと出てきた 『わかる。ナプキンだけじゃなくて、専用ショーツも必要だし、痛み止めや鉄分サプリも。毎月最低でも1000円は軽く飛んでく』 『うち女三人いて、それぞれ好みもあるから収納スペースもない』  肯定的な同意の意見もあれど、基本的には批判が集まっていた。 『服とか鞄買うのやめたら? たかが1000円くらいでしょ? そのくらい払えるじゃん』 『スマホも、ブランドのバッグも持ってて、何が貧困だよ。こちとら今日ももやしじゃ!』  お金は、ある。テレビの彼女も、菜月の家にも。自由に使っていいお小遣いもある。  けれど、家にナプキンはない。生理用のショーツもない。血で汚れた下着を洗うための洗剤なんて、存在自体知らなかった。  生理用品がないことを「生理の貧困」と言うのなら、確かに菜月は、そこに当てはまる。けれど、自分自身の状況を説明するときに、この言葉を使いたくない。  だって、お金はあるのだ。  貧しいのは、いったいなぜなのか。何が貧しいのか。  食べ終わってすぐに後片づけをしなければならないのに、菜月はしばらく、ぼんやりと座ったままであった。
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