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 時間がない。  トイレをスルーして、菜月はまっすぐ、保健室へと行った。在室表示になっていてよかった。  職員室に行くときよりも、緊張する。一度も入ったことはないが、校長室に入室するときでも、ノックする拳を、これほど強く握りしめることはないだろう。 「はぁい」  朝のけだるげな空気を切り裂く声は、生徒たちが鬼ババと恐れる養護教諭のものだ。常に白衣を身に纏い、颯爽と早足で廊下を歩く。実年齢は不明だが、おそらく見た目よりも上だ。ちらと小耳に挟んだ彼女の好きな芸能人は、全然知らない昔のアイドルだった。 「失礼します」  保健室の主は、学校でも一、二を争う厳格さを持っている。実際には、ノリのいいところもある人なのだが、菜月のように定期的に通っている生徒以外は知らない。  特にだらしない服装をしているなど、あからさまな校則違反をしている生徒たちには、ガミガミと口やかましいからと嫌われている。 「あれ、渡辺さん。どした?」  常連ゆえの気安さに、菜月は身構える。  今日こそ、説教とともに拒絶されるかもしれない。口には出さずとも、内心では「またぁ?」と思っているに違いないのだ。  恐る恐る、菜月はここに来た理由を口に出した。 「あの、急に来ちゃって」  何が、という主語がなくても、女子校で長年保健室の先生をしている彼女は、察してくれる。ああはいはい、という調子で立ち上がり、棚を探る。菜月もすっかり、何段目の引き出しなのか、覚えてしまっていた。 「四つあれば大丈夫かな? 足りなくなったら、また取りに来なさい」 「はい」  お決まりのセリフに、神妙に頷いた。25センチ、多い日の昼用。本当は、一パックまるごと欲しい。  受け取ったものをポケットの中に隠す。パンパンになってかっこ悪いけれど、教室に着くまでの辛抱だ。 「ありがとうございました」  長居は無用だ。頭を下げて出て行こうとする菜月を、先生は「渡辺さん」と、呼び止めた。一瞬動きを止めて、ぎこちなくならないように、振り返る。  ああやっぱり、咎められるのだ。  毎回毎回、どうしてナプキンを持ち歩かないの? もう中学生なんだから、自分で準備なさい。  そう言われてしまったら、もうここには来られない。  生理のときだけじゃない。一度疑われたら、本当に体調が悪くても、仮病だと思われるのではないか。  下を向き、ぐっと一度唇を噛んでから、なんでもないフリで顔を上げ、先生と目を合わせて笑った。 「なんでしょう?」 「……クラスの保健委員に、放課後保健室に来るように言ってくれる? 健康診断で手伝ってもらうことがあるから」  なんだ。  ただの伝言か。  肩の力を抜いて、菜月は頷き、保健室を出た。そのまままっすぐトイレに行ってナプキンを換える……ことはなかった。  どのタイミングで使うべきか、時間割を浮かべながら、すでに担任が来ている教室に、少し遅れて入るのだった。
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