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 月に一度の試練が終わる。喉元過ぎればなんとやら、菜月の頭は、この期間をどうやり過ごしていたのかを記憶に留めておくことができない。毎回、汚れた下着を見ては、「保健の先生は、今月もナプキンをくれるだろうか」と、思い悩む。  中学生で、自分の、女の身体に多大なる興味関心を持って日々の記録をしているとすれば、クラスメイトからは「エロい!」と、レッテルを貼られてしまう。  ブラジャー丸出しで着替えたり、ふざけ合って胸を揉んだりスカートを捲ったりすることはできるくせに、真剣に向き合うことは憚られる。よっぽど大切なことであるにも関わらず、だ。  おそらく、クラスの半分くらいは自分の生理周期すら、まともに把握していないのではないか。 「あれ? 痛み止め減りすぎじゃない?」  白シャツと紺のベストの胸元は、パツパツに張っている。学校の先生以外で、大人の女性と関わることがほとんどない菜月は、思わず凝視してしまった。隙間から、見えそうで見えない。 「菜月ちゃん?」  名前を呼ばれて、ハッとする。  薬屋のおばさんは、眉根を寄せて、怒っているのと心配しているのと半分ずつみたいな顔で、じっとこちらを見つめていた。  独り言じゃなかったのか。  糾弾するような目に、菜月は急にばつが悪くなって、俯く。Tシャツの裾を弄り弄り、沈黙した。 「ちゃんと用法用量は守ってる? 一回二錠、一日三回まで、最低四時間空ける……」 「うん」 「それから、あまりにも痛みが続くようなら、お父さんに病院に連れて行ってもらって」 「うん」  面倒臭いという文句を隠さない生返事だが、おばさんは少し呆れた溜息をつくだけで、それ以上何も言わなかった。薬を補充して、領収証を菜月に手渡すと、がさごそと下げていた鞄を漁る。ヤクルトレディとこのおばさんくらいしか、このタイプの鞄を下げているのを見たことがない。四角くて、大きい。  大量の薬を掻き分けて、彼女は小さな瓶をふたつ取り出した。菜月に手渡すでもなく、薬箱の横に置く。 「これは試供品。飲んだら感想ちょうだい」  栄養ドリンクなど、中学二年生になったばかりの菜月には、関係ない。小さく頷くに留めて、玄関まで薬のおばさんを見送る。  おばさんは、目を逸らしたりしない。医者でもないのに、母親でもないのに、じっと覗き込んで、菜月が必死に隠そうとしていることを暴こうとする。  心を閉ざして壁を作るけれど、強い視線や口うるさいお節介はドリルとなり、勝手に扉を取りつけようと穴を開ける。 「それじゃあ、お父さんにもよろしくね」 「うん」  定型文の言葉に、菜月はやっぱり、適当に返事をした。  手にした瓶を見ると、子どもが飲んでも問題ないらしい。ああ、だから私に言っていったのか。  鉄分の入ったドリンクを開けて、飲む。炭酸だと思っていなくて、咽せた。プルーン味らしいけれど、プルーンって、こんな味だっけ?  思い出そうとしても、そもそも生の果実を食べたことがないと気づいた。 この味が自分にとってのプルーンの基準になるのだと思うと、自然と眉が寄った。 「よろしくって、嘘ばっかり」  むしろ、娘以上に父とおばさんは顔を合わせているということを、知らないとでも思っているのだろうか。  父はあのおばさんと付き合っている。あっちは気づいていないと思っているだろうけれど、娘を舐めるな。 「まっず」  やっぱりこれは、プルーンではないのかもしれない。  誰もいない扉に向かって、舌を出した。
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