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「おはようございます」  校門前では、毎朝教頭が立って、朝の挨拶をしている。ふくよかでおおらかな彼女は、夏休みにしか会えない祖母を思い起こさせて、余裕があるときは、そのまま一緒に立って挨拶をするところだが、今日は真横を会釈で通過する。 「渡辺さん」  あまり大きな学校じゃないし、よく話をする間柄だから、教頭は菜月の名前を把握している。慌てた様子の彼女に、それ以上に焦っていた菜月は無愛想に応じてしまった。  教頭は、着ていたカーディガンを脱いで、いそいそと菜月の腰に巻きつけた。「今日は一日、それを貸してあげるから」と言い、すぐに保健室へと連れていってくれた。  養護教諭は、まだ若い二十代の女性で、子どもだけかと思ってあくび混じりに対応しようとして、教頭がいることに気づき、慌てて飲み込んだ様子だった。 「教頭先生。この子、どうかしましたか?」  教頭は、ちら、と菜月の方を見てから養護教諭に言う。 「この子、生理が来たみたいで。お願いできる?」  驚いた。誰にも言っていないのに、どうしてわかったんだろう。  ぎゅっと握ったのはスカートではなく、借りたカーディガンだった。そして気づいた。スカートが経血で汚れていたから、教頭は声をかけてくれたのだ、と。  校門に戻ってしまう彼女に一礼して、菜月は養護教諭から、換えのパンツとジャージを受け取った。 「ナプキンは? 持ってる?」  首を横に振る。 「初めて?」  今度は縦に。  ふう、と先生は息を吐き出した。溜息を溜息ではないとごまかすのが上手いと思った。 「あのね、小学校六年生にもなったら、いつ来てもおかしくないの。ちゃんと準備しておかないとダメよ」  なんて、準備不足を責めてきた。  たぶん、初めて生理が来た生徒に対して言っていいことではないと思う。  そう考えることができるようになったのは、もっとずっとあとのこと。当時は、先生が言うことは絶対だったから、ひどく落ち込んだ。  とりあえず、今日一日分のナプキンはもらえたし、着替えも貸してもらえた。家にナプキンがなくても、店で買うのに抵抗があっても、保健室に来ればどうにかなることがわかった。 「ほら、早くトイレ行ってらっしゃい」  でも、恐い顔をする先生のことを思うと、憂鬱だった。きっと、「なんで持ってこないの!」と、怒られてしまうに違いない。  菜月の予想は大当たりで、三ヶ月間、「ナプキンを持ってくるのを忘れました」ともらいに行くと、深い溜息を隠そうとしなくなった。 「保健室のナプキンだって、無料じゃないのよ」  わかっている。わかっているけれど。  結局、それ以降は保健室に行かなくなった。生理のときだけじゃない。転んで怪我をしたときも、腹が痛いときも、あの先生相手では、まともに自分の症状を訴えたところで、「はいはい」と流されそうで、何も言えそうになかった。
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