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 帰宅してしばらくすると、珍しく父が早くに帰ってきた。  思わず時計を見てしまった。 「おかえり」 「ああ、ただいま」  普段の夕食は菜月ひとりだ。作り置きや冷凍宅配の食事をレンジで温めて食べる。  けれど今日は、父が台所に立った。作りたての食事は、やはりひと味違う。  ただ、会話はなかった。父も菜月も、沈黙を保ったまま、箸を進めた。煮込まずに炒める肉じゃがは、専業主婦で時間があった母ではなく、父のオリジナルの料理だ。じゃがいもの芯まで味が沁みているかといえば疑問だが、火は通っているから、問題はない。 「……」  ふたりでいるのに、ひとりと変わらない夕食の時間は、少しばかり苦痛だった。じゃあ、自分から話を振ればいい。父親の仕事の話は子どもにはわからないし、話せないことも多い。菜月の学校生活の報告なら、間が持つことはわかっているけれど、きっかけがなくて、何も言えなかった。  母が生きていた頃は、どうだっただろう。夕食の光景は、おぼろげだ。思い出すのは、母の笑顔だけ。  彼女は明るい人で、常に朗らかに笑っていた。病魔に蝕まれ、病院のベッドから起き上がれなくなっても、少なくとも菜月の前では、いつも通りに振る舞っていた。  顔はともかく、性格が父に似たことを恨むことはない。今さら母を見習って、ニコニコ取り繕ったところで、疲れるだけだ。 「ごちそうさま」  挨拶だけは、きちんとする。菜月は自分の分の食器を持って立ち上がる。後片づけは菜月の仕事だ。食洗機に入れて、洗い終わった皿を棚に戻す、簡単な作業。  油汚れを洗い流していると、水の音に紛れて、父の声が聞こえた。明瞭ではなく、「なに?」と、聞き返す。自分で思ったよりも声が不機嫌で、驚いた。 「なに? どうしたの?」  水を止めて、もう一度尋ねる。今度は、フラットな状態であると示すために、声のトーンを若干上げた。  父はこちらを見ない。一週間に一本と決めている発泡酒は、普段は金曜日に開けるのに、そういえばなぜ、水曜日の今日、飲んでいるんだろう。 「……連休中に、お前に合わせたい人がいる」  父は決して、こちらを見なかった。
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