新学期

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 グリークラブは、現在部員数35名の中規模文化部である。課外活動よりも塾での勉強が大切だという生徒も多く、部員集めに苦労する部も多い中、例えば3部合唱の曲を選んでも何とか形になるだけの部員がいるこのクラブは、恵まれているほうだ。  顧問の小山が音楽室にやってくると、ぴかぴかのブレザーを身に着けた1年生10人が、1人ずつ順番に、ピアノの前に呼ばれ始めた。パート分けの儀式である。2年生と3年生は、イベントの選曲の絞り込み作業をする。夏の学生合唱祭と、秋のコンクール用の曲を決めなくてはいけない。  三喜雄たち3年生がいつまで舞台に上がれるかは、個々の受験勉強の進捗具合による。グリークラブでは定期演奏会を見越して、12月まで3年生が頑張る場合が多い。余裕が無ければ、学生合唱祭が終わった後に引退してももちろん構わないが、自分だけ高校最後の晴れ舞台に上がれないようなことになるのは嫌なので、進路指導部からストップがかからない限りは、意地でも皆12月まで粘る。 「1年生、高い声の奴多くないか?」  あああああー、とピアノに合わせて慣れないアルペジオを歌う男子たちは、はたから見ると滑稽でもあり、いじらしくもあった。自分もあんな風だったのかと、上級生がしみじみとする瞬間である。 「いいじゃん、テノール強化できて」 「うんうん、ナカーマフエール」  合唱なんかやりたいという人間は概して地味キャラなので、クラス内カーストの立ち位置が中の中である三喜雄にとって、このコミュニティは素のままでいることができて気楽だ。また、声楽やピアノの個人レッスンは、厳しい目標を課されて最近ピリピリしているために、純粋に音楽を楽しむことができるのは部活の時間だけである。 「合唱祭はポップスとか入れたほうがいいかな」 「1年生のためにもそうしましょうよ、客受けも大事ですし」 「俺女子校の女声とジョイントしたいですけど無理ですか?」  場に忍び笑いが洩れる。こんな緩い会話も、三喜雄の癒しだった。  小山が1年生のパート分けを終え、こちらに声をかけてきた。 「大体決まったぞ、パートリーダーよろしく頼む」  自分の出番なので、三喜雄は立ち上がり、テノールのパートリーダーとともに1年生が群れるピアノのほうに向かった。皆どことなく不安げである。  小山は自分たちを1年生に紹介してくれた。 「テノールのリーダーの堂内(どうない)とバスバリトンのリーダーの片山(かたやま)だ、技術のことは彼らとトレーナーの深井(ふかい)先生に聞くといいよ」
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