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高崎は一昨年の12月、グリークラブの定期演奏会を観に、差し入れを持って札幌まで来てくれた。しかし、高校を卒業した三喜雄が慣れない大学生活に忙殺されると、徐々にやり取りが少なくなった。そしてこの春、高崎がアドレスを変えたのか、遂にメールが届かなくなった。彼と繋がっていたグリーの後輩たちも、連絡が取れなくなったと悲しんでいたが、グリーの顧問の小山教諭から、彼が東京の私大に進学したようだという情報を得た。
帯広に帰った後の高崎のメールからは、家族、特に父親とあまり上手く行っていない様子が窺えた。故郷にかかわる全てと距離を置き、心機一転を図っているのかもしれないと三喜雄は思った。以前、東京に出たいと話していたので、希望を叶えたに違いない。
速く打っていた心臓が静まってくる。高崎の姿を見失ってしまったことが少し悲しかったが、それよりも、彼が三喜雄の舞台を観に来てくれたことへの喜びのほうが大きい。あの日高崎が話した通り、今もファンでいてくれていると思っていいのだろうか。きっと自分は、彼にとって忘れてしまいたい思い出の一部に位置づけられているに違いないという、こびりついた暗い思いが少し拭われた気がした。
絵は描いているのだろうか? ピアノはもう弾いていないのか? もっと夢中になれるものを見つけたなら、それもいい。
距離ができてしまった寂しさは否定できない。でも、互いが元気にしているなら、きっとまた会えるし、笑って語り合えると信じたい。
「片山、誰かいたのか?」
追って来た塚山が訊いてくる。うん、と答えて、三喜雄は彼に言った。
「俺の大事なピアニストだ」
塚山は目を丸くした。
「へ? おまえいつも公式頼んでるじゃん」
「本業じゃないから、表には出ないんだ……俺のファン、でもある」
へぇ、と塚山は疑わしげな声を上げる。
「その人の話を聞かせろ、ちょっと寒いから温かいものでも飲もうぜ」
塚山は勝手に決めて、カフェに向かう。三喜雄は軽く鼻から息を抜き、彼について行った。
三喜雄はこの2年で沢山のピアニストと出会ったが、まだ高崎に勝る共演者を得ていない。彼の伴奏で歌った時や、パンを齧りながら雑談に興じた時のことは、今思い出しても楽しく心震える。あれは何かの奇跡だったのかもしれないと、思うことさえある。
塚山に話せば、きっと2年前の準本選の記憶が、鮮やかに蘇るだろう。これから一緒に飲む面子の中には、高崎を見かけたと教えてやりたい者もいる。
思い出深い2曲の「さくら横ちょう」が、今夜は頭から離れなくなるかもしれなかった。
《おわり》
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