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三喜雄は高校に入学してグリークラブで歌い始め、いい声だと褒められて声楽を専攻しようと血迷った。特進クラスではないが、成績は良いほうだと思う。両親を説き伏せて、教育大学の音楽専修科を志望校に据えている。声楽家としてモノにならなくても、音楽教師になる道が開けるという訳だ。
実技の試験に通らなければ元も子もないので、2年生になってから、声楽とピアノの個人レッスンを受けている。声楽の先生は三喜雄に期待してくれているのか、いっそ東京の国立の芸術大学を目指したらどうかと焚きつけてくる。先生自身がその大学の卒業生で、実はCDを2枚出している知る人ぞ知る歌手だからなのだろうが、その道が簡単に手に入るものではないことくらい、三喜雄だって理解しているつもりだ。
それに、東京には興味が無い。進学校であるだけに、卒業したら東京に出るのが当たり前だという空気が校内には蔓延しているが、それでいいのかと三喜雄はやや疑問に思う。同級生の多くが都会の大学に進学し、そのままそこで就職すると、きっと縁が切れてしまう。
この高校――私立札幌北星高等学校のグリークラブは、開校してすぐに始まった部活のうちのひとつで、歴史があるにもかかわらず、OBを集めて演奏会をしたいという話が現実化しないという。卒業生が東京に出て戻ってこないからなのだと教えてくれた顧問の小山は、自らもグリークラブのOBなので、やはり寂しそうだった。
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