1.小テスト

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1.小テスト

 警視庁管区抱かれたい男六年間ぶっちぎりの第一位の座に君臨し続ける男・霧生久紀32歳。四谷署の組織対策犯罪課の課長補佐から課長へと昇進して早一ヶ月。同時に課内の薬物銃器対策係の係長として赴任してきた桔梗原(ききょうばら)(らん)と共に、日夜管轄内の安全を守るために仕事に邁進……する予定だった。  今日は、高校時代からの親友であり、警視庁捜査一課強行犯第3係の係長を務め、警視庁管区抱かれたい男第二位を死守する深海逸彦の、結婚披露パーティに出席する予定で休みを取っていたのだ。貴重な休みだと言うのに、ヤクザな連中は全くそんなことはお構い無しに悪さをする。  しかもその対応を、あの細身の可憐なお姫様一人に押し付けたの言うのだから、全方向に腹立たしいことこの上ない。  四谷署の詰め部屋に駆け込んできた久紀は、腹立ち紛れに思わずスチールの机の足を蹴飛ばしてしまった。 「テメェら、何を澄まして座ってやがる!! 」  課員には年上の刑事もいる。警察では、どんなに自分の階級が上だとしても、決して礼儀を疎かにしないのが不文律であった。  しかし、折角の休暇なのに、友人の結婚式があると言うのに、しかももうちょっと愛する弟とイチャイチャしていられたのに……あらゆる楽しみを奪われた鬱憤が、そんな不文律を久紀の頭から吹き飛ばしていた。 「報告しやがれ! 」  ダンッ、と机を再度蹴飛ばすと、ニュートラファッションにパンチパーマの、どこから見ても極道にしか見えない夏川刑事42歳が立ち上がった。 「ええと、PS(交番)からの入電で、ヤクザがシャブ食って暴れてると通報が入り、自分らは手入れの段取りで手一杯だったんで、桔梗原係長と、秋草巡査に行ってもらいました」  まるで小学生の発表のような棒読みで、夏川はそこまで言うと背筋を伸ばしたまましらっと座った。と、ワニ皮のセカンドバックが自慢の最高齢、春田刑事50歳が、隣の席で立ち上がった。 「キャリアのお係長のお手際ならば、シャブ中くらい、お訳ないかと」 「お、をつけりゃ良いってもんじゃねぇっっ」  と久紀が咆哮を上げたところで、(らん)と秋草巡査の20代ペアが戻ってきた。 「課長、休暇なのに申し訳ありません」  鸞の挨拶もそこそこに、鸞より身長の低い小鼠のような秋草が、人好きのする顔を紅潮させて鸞を指差した。 「凄かったっすヨォ、現場の安全確保したかと思ったら、ご機嫌いかが? とか言って近寄って、相手がチャカ振り上げた瞬間に懐に入り込んで見事な巴投げでダーンッ!! 鳩尾に膝をドーンッ!! もうね、バレエの舞台ですかってなくらい、見事でしたよ。銃を持った暴れヤクザ相手の華麗な体術、惚れたっす!! 」  口角泡を飛ばす勢いで状況説明する後ろで、鸞が控えめに手を振りながら謙遜していた。 「大袈裟なんだから……で、奴が振り回していたのが中国製のトカレフだったんですよ。暴発しなくて命拾いしたね、って言ったら、今夜には軍流れの92式が手に入るって、教えてくれて……で、三水(さんずい)組に揺さぶりかけたらビンゴでしたので」 「……一人でそこまでやったのか? 」 「まぁ、やる気のない人が何人いても、邪魔なだけですから」  てへっ、とばかりに首を傾げて可憐に笑う鸞の言葉に、マル暴名物ゴリラ軍団が気合の入った睨みをぶつけるが、鸞はどこ吹く風である。  流石に逸彦が推すだけのことはあると、久紀は内心、胸のすく思いだった。 「よし、じゃあご褒美だ。こいつらを好きなだけ投げ飛ばして良いぞ、鸞」  久紀の発言に、むくつけきマル暴刑事たちがざわつく。どいつもこいつも柔道や空手の有段者である。だが、いまだかつて久紀を畳に寝かせることのできた者はいなかった。 「ご冗談を、姫の骨でも折ったら一大事ですよ……」 「で、誰の骨が折れるって? 」  息一つ上がっていない鸞の前に、さんざんに叩きのめされたマル暴のお歴々が、一列に正座をして小さくなって項垂れていた。  何しろ、誰一人として、鸞の襟に触れることすら出来なかったのである。 「これでも手加減したつもりなんですけどぉ」  これまでのストレスを発散し尽くしたような晴れ晴れとした笑顔の鸞の頭を撫で、久紀は正座する部下たちに対して膝を折って顔を寄せた。 「言いたい事はあると思うけど、鸞はとても優秀だ、信頼していい。鸞も、あんたらが現場で培った情報や勘を大事にしている。シャブ中が平気で街を闊歩して銃を振り回すようじゃ、俺らは負けなんだぜ。誰と、何と戦っているか、もう一度、テメェの胸に聞いてくれ、いいな」 「押ー忍っ!! 」  とばかりに、野太い声が木霊し、一同は再び鸞に対して頭を下げた。 「係長、これまで大変申し訳ありませんでした!! 」  そんなぁ、と手を振って笑う鸞に、久紀も頭を下げた。 「ウチのゴリラ共が本当に申し訳なかった、この通りだ」 「課長まで、よしてくださいよぉ……それより六曜興業と三水組の取引、もう一度体制を立て直す必要があります」  よし、と手を叩き、久紀は全員を詰め部屋に追い立てた。      
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