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「あんた、土方って言っていたわよね」
したり顔だった剛が、突如落ち着いた綾の声色につられて真面目になる。
「このあたりの土方ってさ、弾谷戸建設じゃないの?」
「だったら何だよ」
綾はアハハと高く笑う。
「その会社の車さ、よくパチンコ屋にとまってるわよね」
剛の顔から血の気が引く。
「それにさ、店の客から聞いたんだけど、脱税スレスレの会計してるんだって? バレたら会社は倒産の危機なんでしょ? そうしたら、必要じゃないの? 五千万」
「てめえ!」
「お金が必要だって、私を騙したいのは、そっちじゃないの?」
剛の怒号を、綾は狂った笑いで受け止める。
二人はその後も罵り合いを止めなかった。このままでは話が進まない。修介は溜息をついてから割って入った。
「二人ともやめてください。煽り合いをしている場合ではありません」
仕切り直そうとしている修介の動きを、恋人である美月が察する。
「喜代太くんは、お母さんのお見舞いに行っていたんだよね。偉いね」
突然話を振られた喜代太は目を見開いたが、やがてこくりと頷く。
「難しい病気なんだって。海外に行かないと治らないって言われてる」
俯く喜代太を見て、美月も目尻を下げる。修介も憐れむ気持ちは同じである。しかし、修介の中には別の思惑もある。海外で治療を受けるには、莫大な金がかかると聞く。我が子に手術を受けさせるため、募金を呼び掛ける親のニュースを見たことがある。あるいは、そのふりをして金を巻き上げるビジネスについても聞いたことがある。どちらにせよ、喜代太には金が要るのではないか?
「それなら、お前にも金を求める理由があるわけだな」
剛の言葉で修介は己を取り戻した。必死に首を横に振る。醜い疑惑に一瞬でも思考を奪われてしまった。中学生たる喜代太を犯人扱いしてしまったことに嫌悪する。
「人を騙すようなことしない! 母さんだって、嘘をつくのが一番よくない人間だって言ってるんだ。そうやって、ずっと言われてきたんだ!」
悲痛な表情の喜代太の声は、短剣となって、ぐさりと修介に刺さる。
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