ここに、AIが居る

5/9
前へ
/9ページ
次へ
 母を思う気持ちを穢された喜代太は、(まなこ)を血走らせ、首輪を掴む。 「こんな首輪、力ずくで外しちゃえばいいんだ! 母さんを助けないといけないんだ、こんなところで死ねないんだ!」 「やめろ! 殺されるぞ!」  修介は叫び声でもって喜代太を制した。それにより、喜代太は我を取り戻したようだ。  母のところに帰りたいと肩を震わせる喜代太を、美月が宥めている。そのやりとりは、修介の耳を通り過ぎる。喜代太を疑った罪悪感はある。しかし、AIを見つけ出さねば死んでしまう。それは自分だけではない。このような環境に放り込まれながら、弱い者を護ろうとする美月も同様である。美月だけは殺させない。そのためには、自分が邪にならねばならない。義理を捨てて、冷酷な探偵にならねばならない。  剛か? 男であり最年長でもある彼は、場を掌握するのに適任だ。自分に有利に議論を進められるだろう。  それとも綾? 賞金の話が出た時に、より強い反応を示していた。金銭欲を強く埋め込まれたAIが、それを隠し切れなかったのではないか?  先程疑った喜代太もそうだ。母親への熱い思いは分かった。しかし、だからこそ、金への貪欲さも理解してしまった。母親に言われたという言葉も、学習させられたものではないか?  そして菜々実。最年少の女の子という立場は、皆から護られるべき存在だ。年功序列を持ち込むような場面でないと分かっていても、日本人に染み付いたそれは簡単に剥がれない。幼気な子どもに疑惑の眼差しを向け、殺すための票を投じるには抵抗が強い。主催者はそれを狙って、AIにこのような外面を与えたのではないか? 「ねえ、修介」  修介の薄暗い思考を止めたのは、想い人の微笑みであった。 「ごめん、美月……何だっけ」 「ほら、ここに来る前の話だよ。私たち、一緒にケーキ作ってたじゃない。私の誕生日ケーキ」 「ああ、そうだった」  修介は目を閉じて、憶えている限りの最新の記憶を取り出す。美月の家で、一緒にフルーツタルトを作っていた。お菓子作りを趣味とする美月が、弾む笑顔で手を動かす様に、修介は見惚れていた。 「苺をたくさんのせたよね」 「私、苺、好き」  美月の言葉に、菜々実が口角を上げて反応した。修介が冷酷な探偵となっている間に、美月は菜々実の心を融かしたようである。 「ここを出たら、菜々実ちゃんにも作ってあげるね。私と同じ誕生日ケーキ。ね、修介」  美月が首を傾けて、にこりと笑った。修介は頷く。そうだ。美月と一緒にここを出るのだ。そして、フルーツタルトの続きを作るのだ。 「そうだな。メロンにオレンジ、キウイ。歳の数だけのせよう」  修介は最愛の恋人に微笑みを向ける。美月の表情は凍っていく。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加