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「お茶……あ、お湯が沸いてないや。用意するから待ってて」
「あ、いえ! 喉は乾いていませんので! お気遣い無く!」
「そう……?」
「はい! 松尾さんが飲みたいなら、僕、コンビニまで走りますよ?」
「いや、そんな使いっ走りみたいなことは……海君、面白いね」
ふっと松尾さんが笑う。
ドラマの中の笑顔とは違う、なんだか……色っぽい雰囲気の微笑みって感じ……。
演技をしていない松尾さんは、普段はこういう感じなのかな。まぁ、今ハマりたての芸能人を目の前にしているから、めちゃくちゃ輝いて見えるだけかもしれないけど……。
よっこいしょ、と松尾さんは座布団の上に座った。胡座をかくその姿も格好良い。ヤバい。ドラマと全然違う。この感じの松尾さんも良い……!
「海君も座りなよ」
「は、はい!」
僕は松尾さんが指差した、彼の向かい側の座布団の上で正座をする。緊張して、松尾さんの目を真っ直ぐに見ることが出来ない。そんな僕を見かねたのか、松尾さんは軽く息を吐いた。
「そんなに気を遣わなくて良いよ」
松尾さんは金色の髪を指でいじりながら言う。
「そりゃ、まぁ……俺みたいな職業の奴に出会うなんてのは滅多に無いと思うけどさ、俺たち、あんまり変わらないんじゃ無いかな……俺、二十五歳だし」
「に、二十五歳!? もうちょっと若いと思ってました……僕は二十一歳です」
「近いじゃん。敬語じゃなくて良いよ」
「そ、それは駄目です!」
僕は膝の上で手をぎゅっと握りしめる。
「芸能人の方にタメ口なんて、ありえないです!」
「芸能人ね……まだまだペーペーの若手俳優だよ」
松尾さんは、今度は深く息を吐く。
「大学の時にスカウトされて、モデルやりながら演技の勉強して、名前のある役もらって……いつの間にかメインをやらせてもらってさ。いつの間にか二十五歳だよ。若手だのなんだのって甘く見てもらえるのもそろそろ終わるし、正直、これからの人生に自信が持てないんだよね……」
「自信……」
「この世界で生き残れるのかなって、めちゃくちゃ怖くなる。そんな時、この家……爺ちゃんの家に来るんだ。俺、両親が忙しくて面倒見れない時、よく爺ちゃんに世話してもらってたから。この家、落ち着くんだよね……よくレモンにも連れて行ってもらった」
「……思い出の場所なんですね」
僕の言葉に、松尾さんは目を細めて頷く。
「海君の職場……カフェさ、あの場所は昔レストランだったんだ。いつもお子様ランチを食べさせてもらってさ……懐かしいなぁ、爺ちゃん……」
そう言って松尾さんは天井を見上げる。
その様子を見て、僕は小さな声で言った。
「……とても優しい方だったんですね」
「うん、優しいよ、爺ちゃんは……」
「そう……きっと今も天国で松尾さんのことを見守ってくれていますね」
「え?」
松尾さんはきょとんとする。
「生きてるよ? 爺ちゃん」
「……えっ!?」
「いろいろあって独り身生活長かったんだけど、ちょっと前に再婚してさ。今はハワイで生活してる。俺がこの家を訪れるのは、掃除とか管理とかの理由もあるんだよね」
「そ、そうですか……すみません、勘違いして」
「もう三年くらい会ってないな。メッセージのやり取りはしてるけど。ま、たぶん元気」
ふふっと松尾さんは笑う。
「レストランは無くなっちゃったけど、あのカフェ安いし味も良いし、こっちに来たらついつい行っちゃうんだよね。海君、よくレジやってくれてたよね。ここが地元でバイトしてる感じ?」
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