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松尾さんの言葉に、僕は首を横に振る。
「いえ、大学進学でこっちに来たんです」
「へぇ、地元は遠いの?」
「まぁ……新幹線を使う距離ですね。お金かかるから、滅多に帰らないです」
「そっか……レモンで、しかもあのカフェでバイトってなんか渋いよね。イマドキの若者はコンビニとか、もっとオシャレなカフェとかを選びそうなのに」
「あはは……」
僕は苦笑する。
「レモンみたいに、ちょっと地味なデパートが地元にもあって……雰囲気が似ていたから入ってみたんです。そしたら、求人の掲示板にカフェの店員の募集があったから勢いで応募しました。カフェの店員って、なんか格好良いなって思ってたので」
「へぇ、飛び込んだんだ。すごい行動力だね、見習いたいよ」
「見習うだなんて、そんな……」
照れちゃうよ、そんなこと言われたら……。
僕は落ち着かなくなって、視線をさまよわせる。同時に緊張がちょっと解けたからか、足が痺れてきた。
「……足を崩しても良いですか?」
「足? 良いよ、そんなの確認しなくても……楽にしてよ」
「失礼します……」
びりびりする足を動かして伸ばそうとした時、がさっと傍らに置いていたビニール袋に触れてしまった。中にはおにぎりと、雑誌が……雑誌!
僕はそれを背中で隠そうとした……けど、長い腕が伸びてきてビニール袋に伸びる。松尾さんはするりと雑誌を袋から取り出してしまった。どうしよう。目の前のご本人が載っている雑誌を買ったなんて知られるのは、恥ずかしすぎる……!
「……映画、好きなの?」
「へっ? 映画?」
「これ、いろんな映画が載ってて面白いよね」
自分が載ってることを気にしていないのか、松尾さんはぺらぺらとページをめくる。
「このウサギが冒険するやつ、観に行きたいな」
「ウサギ……?」
「知らない? アニメーションのやつ。俺みたいなのが映画館に居たらたぶん浮くけど」
ウサギ、アニメーション。イメージじゃないから意外だと思った。
松尾さん、自分が出ているような恋愛ものは観ないのかな……?
「今度、公開される映画は恋愛ものなんですよね?」
「ああ、うん」
「そういう系統のは観ないのですか?」
「……勉強のためには観るよ」
松尾さんはどこか寂しそうに笑った。
「ね、俺の印象ってどんなの?」
「えっ」
僕は息を呑む。
どう答えれば良いのだろう。
格好良い? 素敵です?
でも……。
僕は迷いながら口を開いた。
「……なんか、トーク番組の時と、ドラマの時と……こうやって今、お話している時とではどれも違う印象だなって思います」
「そうだよね。仕事中は……いや、他人と関わる時は、松尾ミヤビを演じているから」
松尾さんは少し俯く。
「前にさ、付き合ってた子に言われたんだ。モデルやり出した時だったかな……なんかイメージと違うから嫌だって。どの場面でも格好良い俺で居てくれないと嫌だって」
「嫌って……」
僕は驚く。
そんなの無茶だ。誰だって、いろんな場面でいろんな顔を使い分けて生きているのに。
「それは、おかしいと思います」
「……そうだよね。冷静になればそうなんだけど、当時の俺は毎日が必死で……その言葉を間に受けてしまった。結局、その彼女にはフラれたんだけど、その後も言われた言葉を引きずっちゃって……いつの間にか、もうひとりの俺を作ってた。職場でも作ったキャラで生きなきゃ怖くてさ……情けない話なんだけど」
「そんな……」
僕はくちびるを噛む。
あんなに画面の中できらきら輝いていた人の本当の心を見て、とても胸が苦しくなった。
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