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「うう……目がしょぼしょぼする」
普段、小説なんてものを読まない僕は、借りてきた本を二十ページほど読んだところで苦戦していた。テーブルの上にあった捨て忘れたレシートを手を伸ばして取り、栞の代わりに挟んで本を閉じる。とても目が疲れて視界がかすむ。文字、細かいなぁ……。
そういえば、俳優さんって台本を読んで演じるんだっけ? 松尾さん、台本以外にも本を読んでいるのかな? この原作の本も読んでいたりして……。
「……よし!」
松尾さんが頑張ったなら、僕だって……!
そう思い、改めて本を開こうとした時、ベッドの上のスマートフォンが震えた。振動の長さから電話だ。先輩かな? 明日のシフトのことかな?
特に深く考えず、僕は通話ボタンをタップした。
「もしもし?」
『あ、もしもし。海君?』
「っ!?」
びっくりした。
電話の相手は、まさかの松尾さんだった。
僕は姿勢を正す。
「松尾さん! えっと、こんばんは」
『こんばんは』
時間、まだ夕方の六時過ぎだけど「こんばんは」でも良いよね!? あってるよね!?
失礼じゃなかったかな……。
そう思ってどきどきしたけど、松尾さんは気にした様子の無い声で僕に言う。
『今、電話してても良い?』
「もちろん、大丈夫です!」
『良かった。仕事が早く終わったから、電話したくなったんだ』
松尾さんの溜息が聞こえる。
ちょっと、お疲れみたいだ。
「今は帰宅されてるんですか?」
『うん』
「……おじいさんのお家ですか?」
もしかしたら、顔を見に行けるかもしれない。そんな期待を胸にそう訊いた僕だったけど、松尾さんはそれを否定した。
『自分の家だよ。賃貸だけどね』
「あ……そ、そうですよね!」
『爺ちゃんの家は落ち着くけど、仕事場からは遠いし』
「こっちに来る時は、どのくらい時間がかかるんですか?」
『うーん……電車で二時間くらいかな。車だともっと早いかもしれないけど、俺は免許を持ってないから』
「なるほど」
そんなに時間をかけてまで、おじいさんの家の管理をしに来るなんて……松尾さんは本当におじいさんのことを大切に思っているんだなぁ。優しいなぁ……。
『海君、忙しくなかった? 今、何してたの?』
「い、今ですか?」
僕は傍の本の表紙を指でなぞる。
「本を読んでいました」
『本? 授業の予習かな?」
「いえ……」
本当のことを言うのは恥ずかしいけど、僕はぎゅっと本を握って勇気を出した。
「映画の原作の本を図書館で借りたんです。それをちょっとだけ読んでいました」
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