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『原作って……俺の出るやつ?』
驚いたような松尾さんの声。
僕は「そうです」と照れながら言った。
「すごく人気らしいですよ。リクエストが多かったって、司書の人が言ってました」
『そっか……俺も読んだよ。海君はまだ途中? ネタバレはやめとうこうか?』
「ネタバレ……そうですね。まだ最初のところしか読んでないので……映画の公開までに読み終わるか不安ですけど」
『ふふ……ま、ゆっくり読んでよ。ついでに映画も観てくれたら嬉しいな。ちょっと恥ずかしいけど』
松尾さん、やっぱり原作をちゃんと読んでた。
僕も、絶対に読破するぞ……!
そうひとりで意気込んでいると、松尾さんが小さく欠伸をする声が聞こえた。
「松尾さん、お疲れですね? もう切りましょうか?」
『あ……ごめんね。こっちから電話しといて欠伸なんか……』
「気にしないで下さい!」
『優しいな、海君は……もう、ごはん食べた?』
「ごはんですか?」
突然、話題が変わったから僕は驚く。
まだ松尾さんは、僕と会話をしてくれるようだ。
大丈夫かな? しんどくならないかな……。
松尾さんの体調を気にしながら、僕は口を開いた。
「まだです」
『そっか。自炊するの?』
「まぁ、ちょっとだけ……簡単なものしか作れないですけど」
『俺もそうだよ。手の込んだのを食べたい時は外食。今日はコンビニ弁当だけど』
「松尾さんの手料理って気になります」
『そう? 焼きそばならいつでも作るよ』
なんだか、焼きそばが食べたくなってきた。
けど、冷蔵庫には麺がない……今日は我慢しよう。明日はバイトだし、帰りに材料を買って帰ろうかな。
もっと話をしていたいけど、やっぱり松尾さんの身体が心配だ。
もう、切った方が良いよね……きっと……。
「なんか、食事の話をしていたらお腹が空いちゃいました」
『そっか……実は、俺も。明日は休みだから、ニンニク倍増し肉弁当ってやつ買ったんだよね。それからビール。イメージが崩れるだのどうのこうのって、レジに並んだのはマネージャーなんだけどね』
松尾さんの声は弾んでいる。
ごはん、とっても楽しみなんだなぁ。
それにしても、買い物にまで気を使わないといけないお仕事って大変だ。
「それじゃ松尾さん、ごはん楽しんで下さい」
『ありがとう。海君も料理するなら、火とか刃物とか気をつけてね』
「はい、そうします」
『それじゃ、おやすみ』
「おやすみなさい」
ゆっくりと電話が切れる。
僕はしばらくぼんやりとスマートフォンを眺めていた。
「……松尾さんと、電話しちゃった……!」
僕はベッドに倒れ込む。
うわぁ……嬉しい……!
電話でこんなに楽しいの、生まれて初めてかもしれない!
「ニンニクのお弁当か……」
休みだから、においがキツいものを食べれて喜ぶ松尾さん!
ギャップがあって良い……!
においがキツい……あ……。
「もしかして、キスシーン……?」
もしかしたら、もう別の作品の撮影が入っているのかも……だから、においを気にしているのかな……?
「っ……」
どうしてだか、胸がちくっと痛んだ。
そういえば、今度の映画でもキス……するよね……。
僕は借りてきた本をちらりと見る。
表紙にはきらきら輝く、住む世界の違うふたり。
「……」
僕は深い溜息を吐く。
夕飯は喉を通りそうになかった。
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