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翌日、僕はぼんやりとする頭を何度か叩きながらレモンに向かった。
心のもやもやが消えなくて、なんだか調子が悪い。けど、休むわけにはいかない。
ああ……今日、忙しくないと良いな……。
他人と、あんまり喋りたくない気分だ……。
暗い気持ちで自動ドアをくぐる。すると、常連さんのおじいさんに声を掛けられた。
「海ちゃん、今からバイト?」
「あ……はい。こんにちは」
「なんか元気無いな? もしかして、恋煩いか?」
にやにやするおじいさんに、僕は苦笑しながら首を横に振った。
おじいさんは「そういえば」と僕を手招いて小さな声で言う。
「なぁ……噂なんだが、海ちゃんは知っとる?」
「噂?」
僕はどきりとする。
もしかして……松尾さんの姿が目撃されちゃったとか!?
言っちゃ悪いけど、こんな地味なところに芸能人が来たなんて噂が広がったら、レモンは大パニックになってしまう!
僕はどきどきしながら「どんな噂ですか?」とおじいさんに訊いた。おじいさんはさらに声のボリュームを落として言う。
「ここ……レモンの経営状態が悪くて、近いうちに潰れるって噂じゃよ……」
「え、ええっ!?」
予想外の言葉に僕は大声を出してしまった。
そりゃ、流行ってはいないけど……地元に根付いている場所だと思うのに。
まさか潰れるなんて……嘘だよね?
もし真実なら、ここで働いている僕の耳に情報が入るはずだ。
僕はおじいさんに問う。
「そんな噂、いったいどこから出たんですか?」
「分からんけど……ワシらみたいな年寄りはその話題で持ちきりなんじゃよ。なんだか店員さんたちの顔も暗く見えるし……海ちゃん、なんか分かったら教えてな?」
「は、はい……」
おじいさんの背中を見送って、僕は急いでカフェに向かった。
嫌な感じで心臓がばくばくする。
確か今日は……!
「店長!」
僕はエプロンをしてカウンターでお客さんと話をしていた店長に声を掛けた。
カフェの店長という意味ではない。このデパートの店長だ。
カフェのバイトが少ないから、人手が足りない時は店長がここの店員をやっているのだ。
お客さんの評判も良くて、常連さんからは「マスター」なんて呼ばれている。
「店長、ちょっとお話があります!」
「海ちゃん、どうした?」
「いいから、こちらへ!」
首を傾げる店長を、僕はスタッフルームに押し込んだ。
「店長! レモンが潰れちゃうって本当ですか!?」
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