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なんとか仕事を終えて、僕はふらふらになりながら帰宅した。
「あ……焼きそば、忘れてた……」
僕は窓から外を見る。もうすっかり暗い。今から材料を買いに行く気力は無い。
ぼふっとベッドに倒れ込んで、僕はぼんやりと天井を眺めた。
なんとも言えない不安に襲われる。店長の言葉の通りなら、バイト先が無くなることはない。無いんだけど……。
「……松尾さん」
僕は身体を起こして、床に放置してあったリュックからスマートフォンを取り出す。ロック画面を解除して、通話履歴から松尾さんにダイヤルしようとした、けど。
「……はぁ」
僕は息を吐いて電話をすることを止めた。今、電話をしたら、きっと暗い話題しか話せないと思う。レモンの存続が危うい、なんてことを言ってしまったら、松尾さんの心を痛めてしまうことになるだろうし……。
だけど、少しだけ……ほんの少しだけで良いから、繋がりたい……。
僕はメールを作成して、緊張しながら送信した。
『こんばんは。ゆっくりお休みできましたか? またお会いしたいです』
迷惑にならないように、短いメールにしたけど……変じゃないかな? 短かすぎたかな……。
僕はどきどきしながらスマートフォンの画面を眺める。なかなか返信が来ない。ああ、メッセージアプリに慣れすぎて、待つ時間がとても長く感じる……。
時間を潰そうと、僕はテレビをつけた。同時に、松尾さんが視界に飛び込んできたのでぎょっとする。それは、化粧品のコマーシャルだった。綺麗な肌は自分を強くするんだって。
「……肌かぁ」
松尾さん、肌がとても綺麗だったな。良い匂いもしたし……ケアをして、自分をちゃんと磨いているんだろうな。
僕も、化粧水くらいしたほうが良いのかな。それか、日焼け止め。もしくは、両方?
そういえば、前に買った女性誌に洗顔からメイクの仕方が載ってたっけ。詳しく読んでみよう。次に会う時に綺麗になってたら、松尾さんびっくりするかな、喜んでくれるかな……。
「って、何を考えてるんだ、僕……」
別に僕が綺麗になったところで、松尾さんには何の得にもならないじゃないか……。
松尾さんという存在は、僕の心の中で大きな存在になっている。
「……」
僕は部屋の片隅の鏡に映る自分を見た。
特徴の無い、普通の、大学生がそこに居る。
僕も、努力すれば、ちょっとは変わるかな?
そう思うのと同時に、僕はスマートフォンで口コミの良い美容院を検索した。いつもは適当に近いところで切ってもらっているけど……今回は、真剣に選ぶんだ。
髪は就活があるから染められないけど、黒くてもきっとオシャレになれるよね?
どきどきしながら予約のボタンを押す。
身体にのしかかっていた疲労はいっきに吹き飛び、芽生えた希望に心が躍った。
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