58人が本棚に入れています
本棚に追加
いつものセットメニュー
「おはようございまーす……」
小声でそう言った僕を、先輩がぎろりと睨む。
「遅い」
「セーフですよ」
「十分前行動!」
「……はーい」
僕に簡単な引き継ぎをしたあとで、先輩は足早にカウンターから出て行ってしまった。たぶん、最近できた彼女とこのあとデートなんだろう。前に写真を見せてもらったけど、目の大きい可愛い系の雰囲気の女性だった。夏休みに旅行に行くから、シフトを詰めたんだって言っていたっけ。良いなぁ、旅行……。海とか山とか行くんでしょ? まぁ……僕、インドア派だから、めちゃくちゃ羨ましいわけではないけど。
「海ちゃん、ごちそうさん!」
「ありがとうございます」
ここ「カフェ・レモン」のお客さんの年齢層は高い。ほとんど、おじいさんとおばあさんだ。みんな、背筋がぴんとしていて元気そうだ。もしかしたら、僕よりも元気かもしれない。僕の祖父と祖母はずいぶん前に亡くなっているから、この場所に居ると不思議と懐かしい気持ちになる。
「ケーキの数は……大丈夫」
僕は冷蔵庫や冷凍庫を確認する。さっきから「おはようございます」と言っているけど、もう午後一時だ。だいたい、三時くらいにお茶会という名の「井戸端会議」が始まる。その時にケーキとサンドウィッチが多めに出るから、その量を把握しておくのは大切だ。
「……たらこパスタは、ある……」
僕は冷凍のパスタのパックを眺める。パスタはあまり人気のメニューではない。けど、これをいつも注文してくれるお客さんがいる。僕よりはたぶん年上の、ここでは珍しい若いお客さん。時々、ふらっと来店してはこのパスタとホットコーヒーを注文する男の人。
年が近そうだから、何か話をしてみたいけど、なんか……声を掛けにくい雰囲気だからそれが出来ない。不思議なオーラをまとっているのだ。帽子を深くかぶって、自分の周りから世界を遮断しているような……。
「あの、すみません」
そう、こんな落ち着いた声で……。
「すみません、注文良いですか?」
「え?」
最初のコメントを投稿しよう!