直接、会いたい

8/9
前へ
/27ページ
次へ
 大学が終わってから、僕は直接レモンに向かった。  カフェに到着すると、相変わらずぼんやり立っている先輩が目に入る。急いで僕はスタッフルームでエプロンを身につけ、暇そうな先輩に声を掛けた。 「お疲れ様です」 「んあ? ああ、もう交代か……」  僕を見るなり、先輩の目が丸くなる。 「な……お前、どうしたんだよ。髪型……」 「ちょっと、いろいろあって」 「うわぁ、分かりやすいな。とうとう卒業したか」 「卒業?」  首を傾げる僕の耳元で、先輩は小さな声で言う。 「童貞だよ。連休中に卒業したんだろ?」 「な……! してません!」  そう言ってから後悔した。  嘘でも良いから、もう卒業してるって言えば良かったな……。  でも、こういう話題、苦手だし……。  僕はにやにやする先輩を無視して冷蔵庫を開ける。食品の在庫のチェックだ。たまごサンド、ケーキ、それからパスタ類……ちゃんと揃っている。ラストオーダーまで足りるな……。  ……パスタ、かぁ。  松尾さん、次はいつ食べに来てくれるかな。  たらこパスタ……食べに来てもらいたいな。 「なんかお前、あいつみたいだよな」 「え?」  先輩の言葉に僕は振り向く。先輩は面白くなさそうな声で言った。 「ほら、松尾ミヤビだよ。なんかあいつと雰囲気が被る」 「え……!?」  僕は全力で否定した。 「そんな! 僕と松尾さんは月とスッポンですよ! あんなに格好良くないし!」 「ばーか。雰囲気だって言ってるだろ? 誰も顔のパーツが似ているなんて言ってない」  お前は男前よりも可愛い系だろ? と先輩は笑う。  僕、別に可愛い系ではない……。  否定するのも面倒くさくなって、僕はまた在庫の確認を再開した。  雰囲気……似ているのかな。  確かに、美容師の人に髪型のイメージを訊かれた時、伝えたのは前に観たドラマの松尾さんの髪型だった。  あれ? 僕、真似っこしてる痛い奴……?  僕は心配になって、先輩に訊いた。 「あの、先輩。この髪型、変ですか? 痛いですか?」 「痛い? いや、別に普通だろ? 今風って感じで」  先輩はふっと歯を見せて笑う。 「ま、俺の方がイケメンだけどな」  そう言いながら、先輩は自分のツーブロックの頭を指で得意そうに撫でた。  自信たっぷりのその姿に僕は感心する。  僕も同じくらいの自信を持てたらな、と心の奥で思った。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

58人が本棚に入れています
本棚に追加