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大学が終わってから、僕は直接レモンに向かった。
カフェに到着すると、相変わらずぼんやり立っている先輩が目に入る。急いで僕はスタッフルームでエプロンを身につけ、暇そうな先輩に声を掛けた。
「お疲れ様です」
「んあ? ああ、もう交代か……」
僕を見るなり、先輩の目が丸くなる。
「な……お前、どうしたんだよ。髪型……」
「ちょっと、いろいろあって」
「うわぁ、分かりやすいな。とうとう卒業したか」
「卒業?」
首を傾げる僕の耳元で、先輩は小さな声で言う。
「童貞だよ。連休中に卒業したんだろ?」
「な……! してません!」
そう言ってから後悔した。
嘘でも良いから、もう卒業してるって言えば良かったな……。
でも、こういう話題、苦手だし……。
僕はにやにやする先輩を無視して冷蔵庫を開ける。食品の在庫のチェックだ。たまごサンド、ケーキ、それからパスタ類……ちゃんと揃っている。ラストオーダーまで足りるな……。
……パスタ、かぁ。
松尾さん、次はいつ食べに来てくれるかな。
たらこパスタ……食べに来てもらいたいな。
「なんかお前、あいつみたいだよな」
「え?」
先輩の言葉に僕は振り向く。先輩は面白くなさそうな声で言った。
「ほら、松尾ミヤビだよ。なんかあいつと雰囲気が被る」
「え……!?」
僕は全力で否定した。
「そんな! 僕と松尾さんは月とスッポンですよ! あんなに格好良くないし!」
「ばーか。雰囲気だって言ってるだろ? 誰も顔のパーツが似ているなんて言ってない」
お前は男前よりも可愛い系だろ? と先輩は笑う。
僕、別に可愛い系ではない……。
否定するのも面倒くさくなって、僕はまた在庫の確認を再開した。
雰囲気……似ているのかな。
確かに、美容師の人に髪型のイメージを訊かれた時、伝えたのは前に観たドラマの松尾さんの髪型だった。
あれ? 僕、真似っこしてる痛い奴……?
僕は心配になって、先輩に訊いた。
「あの、先輩。この髪型、変ですか? 痛いですか?」
「痛い? いや、別に普通だろ? 今風って感じで」
先輩はふっと歯を見せて笑う。
「ま、俺の方がイケメンだけどな」
そう言いながら、先輩は自分のツーブロックの頭を指で得意そうに撫でた。
自信たっぷりのその姿に僕は感心する。
僕も同じくらいの自信を持てたらな、と心の奥で思った。
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