ふたりの時間

1/5
前へ
/27ページ
次へ

ふたりの時間

「……海君、ですか?」 「そ、そうです……」  週末、がらりと空いているカフェの中で、松尾さんはぽかんとした顔で僕を見る。  僕は苦笑しながら、注文を取るためにレジに立つ。松尾さんは、財布を取り出しながらちょっと大きな声で言った。 「イメチェン? 似合ってるよ」 「あ、ありがとうございます……ちょっと切っただけですけど」 「パーマ当てたでしょ?」 「ちょっとだけ……」 「へぇ、良いなぁ」  そう言いながら、松尾さんは自分の金髪を指でいじる。 「そろそろ、俺も髪型変えると思う」 「え? お仕事の関係ですか?」 「うーん。詳しくは言えないけど、まぁ、そんなとこ」  もしかして、新しいドラマかな!?  それか、写真集とか……!?  どきどきしながら僕はエプロンで手の汗を拭いた。 「いつもの、で」  ちょっと笑いながら松尾さんが言う。  僕は確認のため、メニューを言葉にした。 「たらこパスタと、コーヒー……ホットで良いですか?」 「うん」  今日はむわっと暑いから、アイスコーヒーかな、って思ったけど、松尾さんはいつも通りホットのコーヒーを選んだ。  僕は千円札を受け取ってお釣りを松尾さんに渡す。一瞬だけ手が触れ合って、僕の心臓が跳ねた。 「お席までお持ちしますね」 「ん。ありがとう」  いつもの席に向かう松尾さんの背中を見送りながら、僕はパスタとコーヒーの準備をする。 ほわほわと湯気が熱そうなコーヒーが入ったカップを見つめると、どこかにやついている自分の顔が映っていた。  気を引き締めないと!  僕はぎゅっと手を握って気合いを入れ、用意したそれらをトレイに乗せて松尾さんの席まで運んだ。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

58人が本棚に入れています
本棚に追加