ふたりの時間

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 猫舌……。  そうだったのか。  だからいつも、ホットのコーヒーを最後に飲んでいたのか……!  納得の表情を見せる僕に、松尾さんは照れくさそうに言った。 「誰にも内緒だよ? 猫舌ってこと」 「え? どうしてですか?」 「だってさ……」  松尾さんは視線をさまよわせる。 「……なんか、格好悪いじゃん……熱いの苦手って」 「そうですか? 可愛くて良いと思いますけど」 「可愛いって……」 「あ、すみません。人生の先輩に可愛いだなんて言って……」 「あはは……」  松尾さんは苦笑する。 「小さい時には、良く言われたけど……この年齢になってそんなこと言われるとは思っても見なかった」 「今では格好良いですもんね」 「……海君も、格好良いよね。髪、本当に似合ってるよ」  松尾さんの目が、僕を捉える。 「恋人出来た?」 「は、え?」 「それか、好きな人」  好きな人……。  頭の中に、松尾さんの顔が浮かぶ。  変なの。  松尾さんは今、目の前に居るのに……。  ああ、胸の動悸がヤバい。  僕は必死に平静を装いながら言った。 「……やめて下さい。そういうのじゃ無いです」 「けど、イメチェンって何かきっかけがあったでしょ?」  きっかけは、あなたです。  なんてことは恥ずかしくて言えない。  僕は曖昧に笑って誤魔化した。 「気になるなぁ」 「……内緒です」 「俺も秘密を一個教えたのに」 「……いつか、話します」 「ふふ、そっか。それじゃ、いただきます」  柔らかく笑って、松尾さんは食事を開始した。  僕はそそくさとカウンターに戻る。  あとちょっとで、混む時間だ。お湯とか、コーヒーとか、いろいろ準備をしないと……。  僕はちらりと松尾さんを見る。彼は背筋を伸ばして、綺麗にパスタを食べていた。  次は、いつ会えるかな……あっ。  そういえば、夕食に招待されているんだった!  ああ、どうしよう! 変に緊張してきた……!  僕は屈んでカウンターの中に姿を隠した。バイトが終わるのはあと三時間後……。  楽しみで楽しみで仕方がない。  浮かれて馬鹿になってしまいそうな心を、僕は自分の頬を叩いて正気に戻そうと必死に頑張った。
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