ふたりの時間

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「ごちそうさま。バイト、終わったらあの家に来てね? 予定、大丈夫?」 「あ、大丈夫です。その……何か、買って行きましょうか? 必要なものなんかを言ってもらえれば……」 「平気。元気に来てくれるだけで良いから。迷子になったら、電話してね」  そう言い残し、松尾さんはカフェから出て行った。  僕は食器を片付けてテーブルを拭きながら、ふう、と息を吐く。  バイト終了まで、あとちょっと……!  ぐっと拳を握ったその時、背後から声を掛けられた。 「海ちゃん! いつもの午後のお茶会のセット五つ!」 「はい、今日はケーキにしますか? ちょうど、モンブランが五つあります」 「じゃあ、お願い! コーヒーは全部アイスにしてね! ミルクとシロップもつけて!」 「かしこまりました」  リーダー格のおばあさんからお金を受け取って会計をして、僕はケーキとアイスコーヒーの準備を始める。ちらりとテーブルについたおばあさんたちを見ると、いつものメンバーだった。皆、元気そう。良かった。  人数分のトレイを順番にテーブルまで運んで「ごゆっくりどうぞ」と頭を下げた時、白髪のふわふわな髪をしたおばあさんに呼び止められた。 「ねぇ、海ちゃん。噂なんだけど、知ってる……?」 「……えっ」  僕はどきりとした。  噂……たぶん、レモンのことだ。知ってるけど……僕は知らないフリをして首を傾げた。 「噂とは、なんでしょう……?」 「このデパート、無くなっちゃうって噂よ!」  やっぱり……。  噂って広がるのが早いな、と肩を落とす僕に気が付かないおばあさんたちは、わあわあと会話を開始した。 「言っちゃ悪いけど、空いてるもんねぇ……」 「この前の連休もガラガラだったわよ!」 「昔からお客さんは少ないけどね」 「向こうに大きい店が出来たら余計にじゃない?」 「ここ無くなったら、私らどこで集まれば良いのかしらね」  僕はそっとカウンターに戻った。  ああ、この噂が松尾さんの耳に入ってないと良いけど……。  このデパートは、松尾さんの思い出の場所なんだから、どうにか頑張って欲しい。店長、ファイト……! 「海ちゃん! アイスコーヒーひとつ!」 「いらっしゃいませ。かしこまりました」  少しずつお客さんが増えてくる。  いつものお顔、いつもの注文。  流れる時間。ざわざわとする声。  常連さんが居るのは良いことだと思う。けど、このままじゃ駄目なんだな……。  僕に、出来ること、あるのかな……。 「ごゆっくりどうぞ」  こんな時、松尾さんならどう行動するのかな……。  でも、本人にこんなことを訊くわけにもいかないし……。  はぁ……。  心の中で溜息を吐いて、僕は背筋を伸ばす。  とにかく、今は目の前の仕事に集中しよう。  この後、松尾さんに会えるんだと考えたら、少しだけ心が軽くなった。
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