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僕が顔を上げると、今まさに想像していたその男の人がカウンター越しに立っていた。僕は慌てて笑顔を作る。
「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりですか?」
ここのカフェは、レジで先に注文と会計を済ませるスタイルだ。注文されたものはテーブルまでこっちが運ぶから完全なセルフサービスでは無いけど、お冷は自分でくむシステム。ところどころ工夫して、店員の人数が少なくても助かるようになっている。
「……たらこパスタとコーヒーのホット、セットで」
「はい! 八百円です!」
時代と共にちょっと値上げしたけど、うちのカフェは基本的に安い。ま、手作りのものは無くて、全部を仕入れているんだけど……心を込めてレンジでチンしています。コーヒーも、丁寧にドリップしてます!
僕は男の人から千円札を受け取って、お釣りの二百円とレシートを渡した。彼は軽く頭を下げて、店の一番奥の席に向かう。いつもの、彼の定位置だ。彼は帽子を取ることなく、テーブルの上に手を組んで置いて、どこかぼんやりとお冷を眺めている。
「えっと、チンしている間にコーヒー……」
僕はてきぱきと動く。
先輩が出ていってしまった今、店員は僕だけなのだ。しっかりしないと……!
コーヒーを淹れている間に、タイミング良く電子レンジが鳴った。僕はパスタが入った皿とコーヒーの入ったカップをトレイに乗せて、こぼさないように慎重に、彼の元へと向かった。
「お待たせしました。パスタのセットです」
「……どうも」
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