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画面の中の彼
『僕は、君のことが好きでっ……!』
タイミング良く流れる柔らかな音楽。
眼鏡をかけた松尾さんは、今より少し若い。髪も黒くて、ちょっと華奢な印象。
『ずっと、一緒だよ……?』
微笑んでヒロインのくちびるにキスをする松尾さんは、このドラマの登場人物の誰よりも輝いている。
「あー、あ……」
エンドロールが流れ終わったのを確認してから、僕は両手に持っていたスマートフォンをベッドに置いた。ドラマって、ぶっ通しで観ると目がめちゃくちゃ疲れるな……。
でも、疲れを忘れさせるくらい、松尾さんの演技はすごかった。
今観終わったのは、約一年前のドラマだ。大人しいけどやる時はやる主人公の松尾さんが、目立つ感じのヒロインと恋に落ちる物語。タイトルは聞いたことがあったけど、ちゃんと観たのは初めてだった。
「……芸能人、ヤバい……」
僕はぼんやりと天井を眺める。
松尾ミヤビ。
どうしよう、やっぱり本物だった。芸能人に会っちゃった……どうしよう!
誰かに自慢……なんてことは、しちゃ駄目だと思う。たぶん、お忍びでカフェに来ているんだから……でも。
「ああ! 誰かとこの気持ちを共有したい!」
ドラマ、すっごい面白かった!
何よりも、松尾さんが格好良かった!
語りたい……!
「先輩は……聞いてはくれないだろうなぁ」
先輩の彼女さんなら、この気持ちを分かってくれるかもしれない。そうだ、女の子なら聞いてくれるかも……。
「……駄目だ。女の子の親しい友達が居ない」
僕はベッドに顔を沈める。
ゼミで女の子とは会話はするけど、連絡先を交換するほど親しくはない。
明日、さりげなく話題を振ってみようかな。けど、いきなりだと引かれるかな……。
ゼミのメンバーは来年も同じなので、今、変な印象は持って欲しくない。
「ああ、ハマりそう……」
僕は時計を見る。
もう夜中の三時前だ。
明日は授業が朝からある。もう寝ないと……。
「……松尾ミヤビ」
僕は、しょぼしょぼする目をこすりながらスマートフォンを操作して、ショッピングサイトで彼の名前を検索した。そこでヒットした、彼が表紙の女性誌をポチっと押して購入する。映画のインタビューが載っているんだって! 読まなければ!
こんなスピードで松尾さんにハマってしまうのは、たぶん芸能人に初めて会って興奮しているからだと思う。いずれ、落ち着くよね。きっと……。
「……次はいつ来るかな、松尾さん」
明日はシフトに入っていないから、会えない。
そう都合良く、毎日来るとは思えないし……はぁ。
「次は、主役じゃないやつを観てみよう」
そう呟いて、僕は目を閉じた。
脇役でもなんでも良い。とにかくもっと、彼のことが知りたくて仕方がなかった。
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