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プロローグ
季節は春、いや、夏?
五月って春と夏のどっちなんだろう。
どっちでも良いけど、今日はちょっと暑いな。目の前を歩くカップルが、ぎゅっと握った手を見せつけるように、ぶんぶんと振っているから暑いのかな?
彼らが向かうのは、この方向で考えたら一昨日オープンしたショッピングモールだろう。デートですか、良いですね! 僕はこれからお金を稼ぎに行ってきます!
心の中でカップルにそう宣言して、僕は早足で彼らを追い越した。早く入らないと、先輩がうるさいんだ。
車道を観光バスが音を立てて通りすぎる。むわっとする空気が僕の頬に当たった。大型連休、良いですね! いっぱい楽しめコノヤロウ!
ちょっと穏やかではない気分で、僕は職場である小さなデパート「レモン」の自動ドアをくぐる。ほんのりと効いた冷房の恵を受けて、僕の心は少し落ち着いた。
「あ、海ちゃん、おはよう」
「おはようございます」
顔見知りの警備員さんに挨拶してから、僕はフロアを進み階段を駆け上がる。本当は店の裏から入るのが普通だと思うけど、構造上の問題で、裏からだと僕のバイト先のカフェにたどり着けない。だからこうして、正面から入ることを許されているのだ。
「五分前、セーフ……」
三階のカフェに到着すると、先輩が暇そうにレジの前に立っていた。ちらちら時計を気にしていて、僕に気がついていない。僕は、こそこそと忍足でスタッフルームに入り、身支度を整える。黒いエプロンを着けて、ふっと息を吐けば気合いが入った。
「今日も閉店まで頑張りましょうか」
ひとりそう呟いて、僕はスタッフルームを出た。
連休なのに、このデパートは空いている。今日も一日、いつも通り穏やかだと良いな。そう思いながら、僕は先輩に交代を告げるべく、カウンターに足を踏み入れたのだった。
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