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家前の湖岸沿いを抜けると、そこは並木道に繋がっている。
季節は春。暖かくなった為か桜の木々より花が咲いており、たんぽぽ、菜の花、シロツメクサなどの野草もよく見られた。
──野花を慈しんで鑑賞出来るのは、いつ振りかな?
それ思えるぐらい気持ちは平穏を取り戻しているのだと、そんな自身に安堵する。
次は電車が下を通る陸橋を登り、真っ直ぐ歩いた後に降りていく。電車が通過する時はゴーと音がする為、初めは心臓がギュッとなる思いだったが現在はとっくに慣れていた。
こうして駅に着き、慣れた手付きで切符を購入して改札を抜け、快速電車に乗り込む。目的地は京都に近く、県庁所在地となる大津市。
片道一時間の距離を、いつもは持ち込んだ文庫本を読み意識的に窓からの景色を見下ろさないように心掛けているが、今日はこの情景をしっかり眺めている。
──今日で、電車に乗るのも最後だろうな……。
そんな思いで。
この夫婦は普段より車に乗るから、よほどの理由がない限り電車は利用しない。
長浜市は田舎の地域で電車やバスの本数が少なく、また時代背景からも車を所持している家庭が増加してきており、仕事や買い物などに車を足とする市民も都会に比べて多かった。
ガタンゴトンと揺れる音と振動を感じながら流れる景色をぼんやり眺めていると、どうしても保育園や幼稚園、公園で遊んでいる幼児が目に入る。
思わず反対側の座席に座るが、次は散り始めている桜を多数見てしまい、思わず俯いてしまう。
……その景色が、玉砕するであろう自身の運命と重なってしまったような気がして。
そう心付いた彼女は、自身はまだまだだと溜息を吐くのだった。
遠藤小春、三十五歳。痩せ型で腰まである黒髪のストレートに、細面で綺麗な二重を持ち合わせている彼女は気立てがよく控えめな性格。
病院に行く為に暗めの黒のカーデガンと紺のスカートを選んでいるが、元より落ち着いた色合いの服を好んでいる。普段より流行など気にしてしない、どこにでも居る一般的な女性だった。
専業主婦の彼女は、仕事を退職して五年。ずっと、一喜一憂する日々に疲れを感じてしまっていた。
──また仕事でも始めようかな……? 三十五の私には、さすがにもう言ってこないだろうし……。
適齢期を過ぎたことに、少し気が楽になっていた。
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