ロイド・ウォルサム侯爵の一生

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僕の婚約者が決まった。学院も卒業して、侯爵長男である僕には婚約者がいなかった。普通なら侯爵長男なんか、生まれつき婚約者がいてもおかしくないのに、何故僕にはいなかったのか。 それは僕が生まれつき、左腕がなかったからだ。 左腕のない赤ん坊を見て、ショックを受けた母はそのまま回復せず亡くなった。 僕の左腕がないこと、更に妻を失ったショックも重なり、父は心神喪失して引きこもるようになり、やがて数年して父も亡くなった。 父が引きこもりになった頃から、祖父の手配で侯爵代理として叔父夫婦がやってきた。叔父は僕を憐れんだけど、兄と兄嫁を狂わせた僕に、どう接していいかわからなかったのか、最初は腫れ物扱いだったらしい。それもやがて慣れたそうだけどね。 叔母や家の者たちは当初困惑したはずだが、やがて慣れたのか、普通に親族の子どもとして可愛がってくれた。 それに、後から生まれたいとこ達は、生まれた時から僕がいるので、大人よりも自然に仲良くなれた。 「にーたまは、どーちて、こっちのおててないの?」 当時3歳だった従兄弟の言葉に叔母や叔父は慌てふためいたが、僕はその様子には知らんぷりした。 「どうしてか、僕もわからないんだ。最初からなかったんだよ」 「いたくない?」 「うん、痛くないよ」 「よかったぁ。おけがしたのかとおもった」 「ライルは優しいね。ありがとう」 「えへへ」 こんな調子で小さい内は不思議そうだったけど、慣れたら当然のように受け入れてくれた。それどころか、僕をいじめようとした他の子たちを蹴散らしてくれるくらいには、頼もしかった。 だけど、僕の家は侯爵でも、父がいないから僕の後見人は叔父だ。いとこ達は正確には子爵の子だ。叔父はあくまで侯爵代理の子爵なのだ。 だから、高位貴族の子ども達には、どうしても強く出られなくて、僕よりもいとこ達の方が悔しがっていた。 「もう!兄様!あんな風に言われて、悔しくありませんの!?」 「そうですよ!兄様は学院でも次席で、剣も魔法も優秀だと言うのに、地位だけが取り柄の奴らが!」 「うーん、もちろん腹は立つし悔しいんだけど、その地位が如何ともし難いんだよなぁ……」 「うぅぅぅ、悔しいですわ!」 生まれつき左腕のない僕、心を病んだ末亡くなった両親。貴族の間では僕は多少噂になっていたようで、学院では少し浮いていた。 最初は僕も中々勇気が出なかったけど、思い切って話しかけてみたら、隣のメガネ君は、存外普通に話してくれた。それを見ていたのか、クラスメイト達とも少しずつ打ち解け出した。 それでもやっぱり、僕のことを醜いとか呪われてるとか言う人は一定数いて、仕方ないとは思っても、やっぱり悲しいし傷つく。 いとこ達や、隣のメガネ君を含めた友人が慰めたり、僕の為に怒ってくれるから、頑張れるけどね。 実子でもない、曰く付きの僕を育ててくれる叔父夫婦には感謝してる。僕を慕ってくれるいとこ達が、とても大切だ。仲良くしてくれる友人も大事にしたい。 だからせめて、僕のできる事で恩返ししたくて、勉強や剣や魔法だって頑張って、叔父に領地経営も習った。 見た目が醜くたって、僕は一人前の貴族として立てるって、ちゃんと証明したかった。 そして最終学年になった。僕はずーっと次席で、ついに首席になれなかったのは悔しかった。5年間全科目満点で卒業なんて、世の中には天才がいるものだ。 名前しか知らない首席に、勝手にライバル心を抱くのも、今日で終わり。卒業式だ。 卒業式で代表挨拶に立ったのは、首席のアイリーン・オルコット伯爵令嬢。茶髪のおさげで丸眼鏡の小柄な令嬢だった。 あの子かーなんて思って、話した事はなかったけど、パーティの時に話しかけて見ようかなー、王子がいなければ。なんて考えていた。 だけど、パーティが始まったら、それどころじゃなくなった。 「アイリーン・オルコット伯爵令嬢!貴様のような地味な女等願い下げだ!よりにもよってこのライラに働いた狼藉、捨て置けん!王太子セドリックの名において、婚約を破棄する!」 バカ王子がとんでもない事を言い出した。アイリーン嬢はパチパチパチと瞬きして、首を傾げた。 「はあ?婚約は王命とのことですが?」 「ふん!わかっているのだぞ!貴様がその魔力で父上を脅したことなどな!」 アイリーン嬢が王子の婚約者なのは、みんな知っている。何しろ彼女は、莫大な魔力を持って生まれた上に稀代の天才。この国の魔法開発には欠かせない存在で、なんと7歳から宮廷魔術師として仕えているのだ。 そんな彼女に陛下が目をかけるのも当然で、彼女が脅さなくても、彼女目当てに婚約を申し込む家は引きも切らなかったそうだが、結局は王家が勝ち取ったというのは、有名な話で。 王子は何を言っているのかと、その場の誰もが首を捻る。 もちろんアイリーン嬢も。 「私は陛下を脅したことはありませんが」 「証拠があるのだ!」 「捏造ですわね」 「いいや、信頼出来る筋からの情報だ」 バカ王子の信頼出来る筋ねぇ……。外野からしたら、全然信用ならんなぁ……。 アイリーン嬢は、小さく溜息をつくと、丸眼鏡をクイッと持ち上げた。 「では、陛下も婚約破棄には同意なさっておいでですのね?」 「当然だろう」 「なら結構ですわ。婚約破棄を承りました。10年間王城の方にはお世話になりました。もうお会いすることはないでしょうが、どうぞお元気で」 あっさり承諾したアイリーン嬢は、クルリと背を向けた。さっさと退出したい気持ちはみんなわかるのか、彼女の前にはサッと道が開かれた。 だが、それをボンヤリ見送っていた王子は、ハッとして声を上げた。 「待て!」 「……はい?」 アイリーン嬢は婚約破棄したからか、最早嫌悪感を隠しもしない顔で振り返る。王子の事、嫌いだったんだな……。わかる。 「謝罪がまだだ」 「謝罪?」 「そうだ。父上への脅迫、ライラへの暴行への謝罪だ」 「どちらも心当たりはありません」 「まだしらばっくれるか!」 「アイリーン様、どうか罪を認めて謝ってください。そうしたら許してあげますから」 「ライラ……なんて優しいんだ」 「セドリック……」 唐突に桃色世界を構築する王子と愛人?に、アイリーン嬢はシラケた顔をしている。 ライラ嬢のバックアップもあって勇気をもらったのか、王子はここぞとばかりにアイリーン嬢の罪を並べまくし立て、アイリーン嬢に罵声を浴びせ始めた。 彼女は毅然と前を向いていたが、その手は握り締められ真っ白になって、震えていた。 もう、見ていられなかった。 「これ以上は、おやめ下さい」 「なに?出来損ないの分際で、腕無しは下がっていろ」 奇形児、腕無し、出来損ない、親殺し。王子達には散々に言われてきた。もしかしたらアイリーン嬢も、こんな心無い事を言われ続けたのかと思ったら、もう我慢出来なくて、アイリーン嬢の前に出ていた。 「アイリーン嬢の無実は私が……いえ、私だけでなくクラスメイト全員が証明出来ます」 「何……?」 視界の端でメガネ君初めとした友人達が頷くのが見えて、勇気が出た。 そうだ、彼女は無実だし、貴族としてもこんな暴挙は放っておいたらいけない。 「教科書を破る、噴水に突き落とす、茶会に招かない、無視をする、罵倒する、階段から突き落とす。全て無実です」 「そんなわけがあるか!実際ライラは被害を訴えている!」 「そうですっ!わたし、ホントに辛くて……」 「あぁ、ライラ、泣くな。貴様、ライラを泣かせるとはどういうつもりだ!」 「どうもこうも、アイリーン嬢には全て不可能だからです」 「そんなはずはない!」 「いいえ、不可能なのですよ。そうだよね?」 僕が問いかけたクラスメイト達は、一様に頷いた。 僕を見た王子は一瞬目を丸くしたが、憎々しげに僕とアイリーン嬢を睨みつける。 「ふん、そうか。アイリーンが手を回したか。姑息な」 「まさか」 「ええ。アイリーン嬢はそんなことはしていませんし、不可能です」 「そうですわね。私には不可能ですわ」 「……不可能……?」 さっきから言っている「不可能」という単語に、王子はようやく引っかかったようだった。やっと話が進む。 「そうです。アイリーン嬢はこの5年間で、学院に現れたのは毎期末の最終日、つまり15日だけです。期末日にしか現れないアイリーン嬢が、どのように嫌がらせ出来ると?」 「バカな!」 バカはアンタだよ王子。なんで忘れてるかな。アイリーン嬢は7歳から王城で宮廷魔術師をやってるんだ。仕事が忙しくて学院なんか通える訳が無い。でも学歴はあった方がいいから、毎期末日に試験を全部受けて、毎度主席をかっさらう天才なんだから、恐れ入る。 知らない人は知らないかもしれないが、Aクラスの僕らは全員知ってる事だ。 Dクラスの王子は忘れてたんだろうか……。 僕は上記の旨を淡々と説明した。 「そういう訳で、試験を受けるだけで最高得点を取ってしまう天才と名高いアイリーン嬢は、授業と通学を免除されています。その間は王城に勤務するか、任務で出張でもしていたはずですよ」 「バカな……」 「事実です。Aクラス15名全員で証言します。アイリーン嬢は、学院には試験日しか来ていないと。そもそも、ほとんど学院にいないので、アイリーン嬢は嫌がらせするどころか、クラスの違うライラ嬢の事すら知らなかったのではありませんか?」 「おっしゃる通りですわ」 隣に立ったアイリーン嬢が、ニッコリ僕を見あげて笑った。その笑顔を見て不覚にも、ちょっと可愛いと思ってしまった。 アイリーン嬢は更に前に一歩出る。何か攻める口実を探すが、それが見つからないのか、王子とライラ嬢はアイリーン嬢を睨みつける。アイリーン嬢はそれでももう一歩進み出た。 「殿下、婚約破棄はお受け致します。それだけは、受け入れます」 ライラ嬢への嫌がらせについても、陛下への脅迫についても認めない。 そう言ったアイリーン嬢に、王子が反論しようと口を開いた時だった。 国王陛下が現れて、サッとそばに寄った貴族が陛下に耳打ちしている。それを聞きながら歩み寄る陛下の顔は、どんどん苦々しいものになる。 そしてついに怒気を漲らせた陛下が、僕らの前までやってきた。 僕は当事者ではないので、サッと脇に掃ける。 陛下は王子とライラ嬢に有無を言わせず騎士に連行させた。意外にも2人は抵抗せず、大人しく連れていかれた。僕が不思議に思ってその後姿を見送る間、陛下はアイリーン嬢にはこれまでの労を労った。 「やはり、城からは去るのか」 「そういうお話でしたから」 「……そうか、無念だ。いや、今まで尽くしてくれたこと、大儀であった」 「勿体ないお言葉」 陛下は実に残念そうに、そして申し訳なさそうにして、アイリーン嬢の前を立ち去った。 それを見送ったアイリーン嬢が一息つくと、キョロキョロしだした。少しすると、僕と目が合う。 小さくニコリと微笑むと、アイリーン嬢は僕の前まで来た。 「先程はありがとうございました」 「いや、流石に見過ごせなくて……大丈夫?」 「ええ、お陰様でスッキリしましたわ」 そう言ったアイリーン嬢の笑顔は実に清々しい。 わかる。あの王子から解放されたんだもんな。わかりみが深い。 「ロイド!よくやった!」 「ロイド様、カッコよかったわよ」 「アイリーン様もよく耐えられましたわ」 クラスメイト達がやってきて、僕とアイリーン嬢を労ってくれた。そしてみんなアイリーン嬢と話したそうにしている。 クラスに姿を見せない幻の天才に、実はみんな興味津々なのだ。 「アイリーン嬢、私達は一応同じクラスなんだ。良かったら少し話さない?周りの目が気になるなら、引き留めないけど」 アイリーン嬢は僕らの顔を見て、僕らがキラッキラした目で見ているのに苦笑すると、「大丈夫ですわ」と応えてくれた。 「ありがとう!みんな君と話してみたかったんだよ」 「え?そうなのですか?」 「当たり前ですわ!去年発表された飛行魔法、あれどうなってますの!?」 「そう!あれ!気になってた!」 「5つの魔法を組み立てるなんて、どこからそんな構想を?」 「ああ、あれはですね……」 そうしてなんだかんだパーティは楽しくおしゃべりして、アイリーン嬢とダンスしたりもした。 というか、ダンスする寸前まで、彼女は僕の左腕がないことに気づいていなかった。 こんな目立つ特徴に気づかないとは。丸眼鏡をかけているし、余程目が悪いのかと思ったが、丸眼鏡は魔道具で視力とは関係なく、なんなら人より目はいいらしい。 「その割には安定感抜群ですわね」 「片腕だとダンス出来ないと思った?従姉妹にめちゃくちゃ練習させられたからね」 「あら、素敵な従姉妹様ね」 「ありがとう」 ホントに素敵な従姉妹様だよ。 「兄様がダンスでバカにされないように特訓よ!」 とか言って、先に従姉妹の方がへばってた思い出が懐かしい。 ダンスが終わって、そろそろお開きの時間。アイリーン嬢が僕に尋ねた。 「そういえば、大切な事をお聞きしていませんでした」 「なんだろう?」 「ロイド様……? お名前をお聞きしていませんでしたし、ご挨拶もまだでしたわ。オルコット伯爵家が次女、アイリーンでございます」 「あ、そっか。すっかり忘れてた。ウォルサム侯爵が長男、ロイドです」 「ロイド・ウォルサム様……あ、毎年次席の方!」 「毎年次席って言わないで……」 「あ、ご、ごめんなさい」 改めて挨拶をしてみたら、なんだか照れくさくなってしまった。 タイミング良くお開きになったので、僕は思い切って勇気を出してみた。 「アイリーン嬢、お屋敷までエスコートする栄誉を、私に頂けますか?」 僕が差し出した手を見て、次は僕を見上げて、アイリーン嬢は途端に顔を真っ赤にした。 そんなに赤くなられると、僕も恥ずかしい。 「お、お願いします……」 真っ赤な顔で恐る恐る僕に手を添えたアイリーン嬢、めっちゃ可愛くない? アイリーン嬢をエスコートしながらクラスメイト達に別れを告げると、何故か「おめでとー!」「お幸せにー!」と送られた。 これは噂になるだろうなぁ……。 アイリーン嬢をお屋敷に送り届けると、アイリーン嬢が執事に事情を話し、すっ飛んで消えた執事から話を聞いたのか、すっ飛んできた伯爵夫人から散々にお礼を言われた。アイリーン嬢からも改めてお礼を貰って帰宅。 帰宅したらしたで、いとこ達から質問攻めにされた。パーティに出席してたけど早めに一旦帰宅した叔父から聞いたらしい。叔父はまたすぐに出かけたそうだ。僕も多少関わってしまったから、陛下に説明に行ったのかも。叔父には悪いことをしてしまった。 申し訳ないなぁと思っていた数日後。呼び出されて向かった執務室にいた叔父は、ホックホクの笑顔だった。 「叔父上、何かいい事でもありましたか?」 「ああ、飛びっきりのな!」 「それはようございました……?」 なんだかわからないが、幸せそうで何よりだ。 まぁいいかとソファに腰掛けると、叔父からの話はこうだった。 「今年の秋にロイドは成人を迎え、同時に侯爵になる」 「はい」 「そして、同時にアイリーン・オルコット伯爵令嬢との結婚もどうか?」 「……は?」 叔父の話によると、あの婚約破棄でアイリーン嬢を守った事で、オルコット伯爵が大変感激したらしく。フリーになったアイリーン嬢に婚約の申し込みが殺到する前に、ウチにオルコット伯爵から申し込みが来たそうだ。 アイリーン嬢の地位と容姿と才能が気に入らなかった王子は、婚約者となった頃から、アイリーン嬢を邪険にしていたそうだ。 伯爵はそれに胸を痛めていたが、王命ではどうしようもなく、何度も解消を願ったが、陛下はアイリーン嬢を手放したくなかったのか、中々受諾されず困っていたらしい。 王子のやらかしを見て、オルコット伯爵は密かにガッツポーズしたとの事。 更に僕が無実を証明し、その後もなんだかいい感じ。 呪われた親殺しの奇形児なんてとんでもない。アイリーンの恩人だ!と、はっちゃけたそうな。 「王城の客室を出た途端、オルコット伯爵に、「結婚して下さい!」と言われて、一瞬意味がわからなくてビビった……」 「あはは」 父親としてのオルコット伯爵の気持ちを思えば、僕と婚約をと考えるのも変じゃない。 でも、王家としては良い気はしないだろうし、アイリーン嬢は大丈夫なのだろうか。 「それについては陛下から、アイリーン嬢の今後について、王家から何かを強制することは無いと明言されている。宮廷魔術師は辞めて欲しくなかったみたいだが、その辺はアイリーン嬢次第だ。アイリーン嬢も、好きに研究出来る設備と資金が揃っている王城の研究室は気に入っていたらしいから、落ち着いたら復職するかも知れないと伯爵は言っていた。ロイドとの婚約も、嫌がってはいないそうだ」 「本当に?」 「そのようだ。どうする?」 5年間勝手にライバル認定していた天才が、あんなに可愛い子だなんて思わなかった。僕に偏見もなかったし、アイリーン嬢と話して、ダンスしたあの時間が、とても楽しかった。 どうするかなんて、決まってた。 後日僕は彼女のお屋敷まで行って、彼女に直接求婚した。 やっぱり真っ赤になって可愛らしいアイリーン嬢は、僕の求婚を受け入れてくれた。 その後、成人した僕は侯爵になり、叔父は「やっと終わった……」と言って、子爵家に帰って行った。 叔父は子爵と掛け持ちで大変だったみたいだし、それをフォローしてた叔母も同様。従兄弟のライルは子爵を継ぐし、従姉妹のジェシカは伯爵家に嫁入り予定。「新婚さんのお邪魔になる気はありませんわ」とか言って、一家で引っ越して行った。 いずれ叔父一家が去るのはわかってたけど、やっぱり寂しい。 「素敵な御家族でしたから、寂しくなるわね」 一緒に見送ってくれたアイリーンも寂しそうだ。 僕と結婚して、侯爵夫人となった、僕の妻アイリーンが、隣にいる。 「うん。でも、アイリーンがいるから大丈夫」 「叔父様達のような家庭を、私達も築きましょうね」 「そうだね」 色々あったけど、僕達は幸せだ。 一方王子達はと言うと、王子とあの令嬢……名前忘れたけど、あの令嬢はめでたく結婚した。 本人は王太子とか言ってたけど、最初から王太子じゃないので、その辺は問題ない。王子は一応第一王子なのだが、母親の身分が低くしかも愛妾なので、扱いは庶子と同等で王位継承権はない。 実はあの王子、陛下が若い頃受けた閨教育で、うっかり出来てしまった子どもらしい。教育担当者は未亡人の年嵩の侍女で、代々王家に仕える子爵家の係累。忠誠心の高かった侍女は、子どもと共に死のうとまでしたそうだが、それを陛下が止めた。 そうして陛下は未婚なのに愛妾を持つことになり、愛妾と王子は、正妃や側妃からはかなり睨まれていた。 愛妾は立場を理解しているので、キッチリ控えめにしていたし、当初は離宮とは名ばかりの小さな屋敷で、王子と愛妾ふたりで過ごすはずだった。もちろん陛下が顔を出すことは無いし、愛妾も固辞していた。 だけど側妃の一人が、王子を取り上げて王宮に連れてきた。 何かにつけて、身分の劣る王子、出来損ないの王子と理不尽に罵られて、母から離されて一人ぼっちで育てば、やる気を無くすし歪むのも道理だったのかもしれない。 他の王子達は高位貴族の令嬢や、他国の姫との婚約が整っていた。 なのに自分にあてがわれたのは、地味で冴えない伯爵令嬢。しかも出来損ないとバカにされる自分と違って、婚約者は天才。 王子のコンプレックスをとにかく刺激する婚約者の存在に、王子はあっという間に破綻した。 そして学院で、あの、名前忘れた令嬢と出会ってしまった。王子の恋は本気だった。王族にも王城にも嫌気が差していた。彼女がいればもう何もいらないと、王子は自棄になった。 そして意外にも、名前忘れた令嬢も本気だった。元平民の令嬢は、王子の身の上に心から同情した。この人を王族でいさせてはダメだと、あの茶番を仕組んだ。 当然アイリーン嬢が学院に通っていない事など知っている。その上で、罪をでっち上げバカを演じた。王子と一緒なら、王子が解放されるならと。 最悪処刑も覚悟した。妥当なところで追放か幽閉か労役。死ななければそれで良かった。 道理で騎士に連行される時、異様に大人しかったわけだ。2人の計画通りってわけ。 王籍を抜けるための茶番だったと知った陛下は、愛妾と王子への後ろめたさもあったのだろう。 王籍剥奪の上、名前忘れた令嬢の家に婿入り。愛妾もその土地に追放と言う沙汰になった。 風の噂によると、慣れない田舎に王子は四苦八苦しているようだが、再会した実母と愛する妻と幸せに過ごしているようだ。 色々あったけど、王子も自分達も幸せだ。 ちなみに風の噂とは、アイリーンの作った魔道具だ。風に音を乗せて伝達する魔法を思いついて、魔道具にしたらしい。その魔道具の名前が風の噂。言ってみれば盗聴器で、元王子を監視するために設置されたようだ。 アイリーンは早速風の噂を王宮に売り込みに行って、荒稼ぎして帰ってきた。 これだから天才は……。僕も王子みたく、アイリーンの才能を僻む日が来るかもしれないな。いや嘘、もう嫉妬してるけどさ。何しろ5年もライバル認定していたし。 「それにしても、こんなに高値で取引されるなんて。あなたの言う通り、私は才能を安売りしていたのね」 聞けば、宮廷魔術師の時は、頼まれた物を開発して、出来たら渡すだけだったから、金銭的なものがわからなかったらしい。 そんなの勿体ないので、別に王宮じゃなくても買い手はいるとか散々勿体ぶっておいでーと送り出したら、想定の3倍近い金額で売れたらしい。 「私は勉強や研究ばかりで、そういうことを全然知らなかったわ。これから教えてくれる?」 「もちろん。むしろそこは僕の得意分野。交渉なら僕に任せて」 「頼りにしてる」 アイリーンは魔術や学術では天才だが、ちょっと世間知らずらしい。7歳から宮廷魔術師なら、それもそうか。 僕でも役に立てそうな分野があってほっとした。 あれから10年が経ったある日、アイリーンに手紙が来た。 差出人は元王子。今頃どうしたのかと、2人で手紙を読んだ。 アイリーンへ。 今更俺の事など思い出したくもないだろうが、どうしても謝りたくて筆を取った。 あの頃、君にした仕打ちの数々を、今更ながら謝らせて欲しい。 俺は周囲の言う通り、本当にバカ王子だった。君は何も悪くないのに、コンプレックスを拗らせて、君に八つ当たりばかりした。 俺と違ってみんなに認められて、賢くて、父上に褒められている君が、羨ましかった。 だからといって、俺のしたことは酷い過ちだった。 俺はライラと出会って、王籍を抜けて、ライラと結ばれた。その事に後悔はない。 ただ、その過程でいたずらに君を傷つけた事だけが、どうしても心に残っている。だから謝りたかった。 自分の罪悪感から逃れたいだけかもしれないが……。 君はロイドと結婚して、幸せに過ごしていると人伝に聞いた。君が幸せだと聞いて、心から安堵している。 俺には君を幸せに出来なかったが、君の幸せを願っている。ロイドにも侮辱した事を謝罪していたと伝えて欲しい。 どうかこれからも、ロイドと幸せに。 セドリック・マクファーソン 「彼は、変わったみたいだね」 「そうね……」 「返事、僕が書いていい?」 「あなたが?どうして?」 「アイリーンが他所の旦那と文通するなんて嫌だ」 「んもぅ……」 アイリーンは呆れながらも、僕に譲ってくれた。 拝啓 セドリック・マクファーソン男爵 ご無沙汰しております。あれから長い月日が流れましたので、私の妻を名で呼ぶのはお控え下さい。男爵の分際で。 件の婚約破棄については、マクファーソン男爵と夫人の仕組んだ茶番であったと聞き及んでおります。 私としましては、妻アイリーンと出会う機会を与えてくださったマクファーソン男爵と夫人には、感謝の念に絶えません。よくぞ婚約破棄してくださいました。 感謝のあまり言葉にならないので礼は言いませんが、銅貨3枚同封しておりますので、どうぞお納めください。 マクファーソン男爵からの謝罪文について、妻アイリーンは、一応麦粒程度は受け取っているようです。寛大な我が妻の心は誠に清らかで尊いと思いませんか。思いますよね。 稀代の天才たる我が妻にコンプレックスを拗らせてしまうのも、それは致し方ないでしょう。 万年次席の私ですら嫉妬しているくらいですから、Dクラスのマクファーソン男爵ではとてもとても……。心中お察しします。 最後に、私への謝罪は結構です。マクファーソン男爵もお幸せにお過ごしとの事で、大変喜ばしく思っております。 マクファーソン男爵の絶えないご多幸を、女神に祈願致します。 ロイド・ウォルサム しばらくして、手紙を受け取った元王子セドリック。 「……コイツ、明らかに根に持ってるな」 「あはは!めっちゃケンカ売ってるね!銅貨3枚って!ウチの子の小遣いより少ないよ、ウケる!」 「あの腕無し野郎の、こういう所がムカつくんだよ!」 こうして僕と元王子は、時々手紙でケンカするようになった。 なんか流れでアイリーンとライラも手紙をやり取りしてる。 うっかり顔を合わせようものなら、僕と元王子が笑顔でケンカするので、貴族達は僕らが犬猿の仲だと噂している。 メガネ君を初めとする友人達は「またやってるよ」と苦笑している。 「案外そうでもないわよね」 「そうだよねぇー」 アイリーンとライラは呑気に茶を飲んでいるが、僕はセドリックとのケンカに忙しい。 「はっ、ロイドはわかってないな。うちのマージョリーの方が可愛い」 「わかってないのはセドリックだ。うちのメリッサの方が可愛い」 「いいや俺の孫だ」 「僕の孫だ」 まさか孫が出来る年齢まで付き合いが続くとは思わなかった。 僕はセドリックが嫌いなので、ケンカするほど仲がいい訳じゃない。 コイツは今も昔も不倶戴天の敵だ。 だって僕の孫の方が可愛い。妻だってそうだ。これは譲らない。絶対にだ。 その時、子ども達が庭に出てきた。子ども達はセドリックを見つけると、一目散に駆け寄る。 「バカ王子だ!」 「バカ王子また来たのー?」 「バカ王子!くらえ!」 「痛っ!コラー!クソガキ共!」 「「「きゃー!」」」 セドリックに追われて、わらわらと子ども達が逃げていく。いとこのジェシカと、ライルの孫、そしてウチの孫の成長が輝いている。子ども達の一瞬の輝きを刻むために、僕はアイリーンが開発した魔道具「写せ身」を構え、パシャリパシャリと連写する。 ところがセドリックから写せ身を奪われた。 「ロイド!ウォルサム侯爵家ではどんな躾をしているんだ!」 「セドリックはバカ王子と呼んで、見かける度に攻撃しろと教えているよ」 「そんなこと幼児に教えるな!」 「大丈夫だよ、そんな事して許されるのはセドリックだけだって、ちゃんと言い聞かせてるからね」 「俺は許した覚えは無いが!?」 「覚えてないの?ボケたんじゃないか?」 「貴様ー!」 セドリックがちょっとうるさいけど、妻と子どもと孫たち、いとこ達とその家族がいて幸せだ。 お茶も美味しいし、今日もいい天気だ。空を見上げて、口をついて出る言葉。 「あー、幸せだ」
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