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彼自身、騎士職に就いていた祖父に言い聞かされたものだったらしいが、年下の女の子が、己が受けたこともない大きな傷を負っていることに衝撃を受け、ようやく祖父の言葉の意味を心から理解した出来事だったという。
だからジャスミンも、この傷は勲章だと思うことにしたのだ。生き残ったからこそ、グレンと会えた。
傷があるこめかみにくちづけられるのはくすぐったい気持ちになったけれど、それがいつしかもどかしくなり。唇の落ち着き先が移動したのは、グレンも同じ気持ちになったからだと思っている。
彼のくちから漏れる言葉は時として辛辣だが、その唇は以下略。
(こんなときに何を考えてるのわたし、痴女だ)
ロベリア嬢が青白い顔で硬直しているのに対し、グレンとのあれこれを脳裏に浮かび上がらせていたジャスミンの顔は赤い。
ちらりと視線を向けると、グレンの頭上の花は青白い。憤怒ではなく、静かな怒りだ。冷気が漂ってきそうで思わず腕をさすってしまう。
「ジャスミン、どうした」
ひとによっては、睨んでいると評するかもしれない眼差しは、ジャスミンから見れば心配に満ちたもの。
寒々しかった花の色はやや黄色まじり。
だからジャスミンは安心させるように笑みを浮かべた。
「だいじょうぶだよ、グレン。来てくれてありがとう。今から戻るところだったの」
「そうか。マクニール医師に許可は貰ったから、町のほうに出よう」
「カルス様への用事は?」
「終わったから言っている」
父親に話をしておくことがあると言っていたことを思い出して問うと、眉を顰めて低い声が返ってくる。
これもまた怒っていると思われがちで、現にロベリアは完全に震えあがっているようだ。
ところが彼の頭上の花はさわさわと落ち着きなく揺れており、早く話題を変えたいと焦っていることがわかる。ジャスミンは「動揺してる、わたしには知られたくない話題かな」と判断して、グレンの腕を取った。
「お腹すいたね。なに食べようか」
「なんでもいい」
「わたしの食べたいものばっかり優先させちゃうのはよくない癖だよグレン。今日はグレンが決めてよ」
「……わかった」
まるで続けて舌打ちでもしそうな声色ながら、頭の花が薄紅色に染まって揺れたので、ジャスミンの心も温かくなった。
まったくグレンは、照れを隠そうとするほど声が低くなるのだから困ったものだ。
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