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つまりカノーヴァ侯爵家は、世の不興を買ったガリエ公爵家と縁を持つことを止めたのだ。そして、王太子妃という、より大きなものに手を出した。
それが叶わなかったからといって、以前に一方的に解消した約束にすがってくるとは。高位貴族は本当にめげない。つよい。
年まわりがちょうどよいから、という程度の理由で決まった縁談だ。王宮の行事で顔を見たことがある程度の相手と婚約、といったところで、十歳にも満たない当時はまるで実感がなかったようで、グレンはロベリアのことなど眼中にない。
ジャスミンが回想する傍らで、ロベリアはいかに自分がグレンに相応しいかを語っている。彼との思い出とやらを語っているが、グレンからは聞いたことがない。
というか、彼女が言っている「別荘地で一緒に過ごした」というのはどう考えても嘘だった。
だって該当時期にはジャスミンは公爵家のお世話になっており、別荘にも同行している。なんなら一日中一緒に遊んでいる。ロベリアが入る隙間は存在しないのだ。
彼女は幻でも見ているのだろうか。
段々と憐れになってきたジャスミンである。
いいかげん聞くのも疲れてきたころ、反応の薄さにロベリアのほうも飽きたのか、弁を納めた。「庭師の件はいつでも引き受けるわ」と勝ち誇ったような言葉を残してようやく去ってくれたので、ジャスミンは食堂へ向かうことにした。今日の日替わりがまだ残っていることを祈って。
*
哀しくも日替わりランチ競争に敗れたジャスミンが、はじめてロベリアに怒りを覚えていたところ、侍女長の女性が救護室にやってきて、ジャスミンを叱責した。
「なにをのんびりしているの、早く来なさい」
「王女さまのところですか?」
鉢を持とうとしたところ止められ、今日は何も持たずに付いてきなさいと怖い顔で言われてしまったので、唯々諾々と従った。侍女長はおかん気質で怖いのだ。子どもらしい我儘を言って周囲を困らせる王女ですら、彼女の前では縮こまる。じつに最強の女なのである。
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