29人が本棚に入れています
本棚に追加
タイミングよくノックの音が響き、侍女長が扉へ向かう。二言三言、小さく会話をしたのち、入室してきたのはグレンだった。見慣れた隊服とは違うそれはいかにも貴族然としたもので、ジャスミンは思わず見惚れてしまう。
対するグレンはといえば唇を引き結び、睨みつけるような眼差しを向けてくる。
頭上の花は点滅するように色を変えており、いつになく緊張しているようだった。
この色変遷は見たことがある。あのときは、その、つまり、はじめてキスをしたときだ。
いつのまにか侍女長は姿を消しており、部屋にはふたりだけとなっていた。
ジャスミンにも緊張が走る。
くちの中が渇いて声もままならない。
「ジャスミン」
「なにかな!」
「なぜ怒鳴る」
「ごめん、わたし緊張してるみたい」
「そうか。俺もだ」
「みたいだね」
顔を見合わせて、ようやく笑みが漏れる。肩のちからも抜けて、誘導されるままにソファーに腰かけた。準備されていた紅茶はすっかり冷めてしまっていたけれど、ふたりしてごくりと飲み干した。乾いた喉にはちょうどよかった。
「これ、グレンが用意したの?」
ドレスを摘まんで問いかけると、頷きが返る。
「誕生日だろう? 十八歳おめでとう。この日のためにみんなで準備していた」
「あ、忘れてた」
「……おまえ、俺がどれだけ」
「ごめんごめん。でもどうしたの? いつもはこんなかしこまったプレゼントなんてしないのに」
「十八だからな」
ドレス以外にも、邸にはプレゼントが用意されているらしい。
貴族令嬢は早ければ十五歳ほどでデビューするが、ジャスミンはそうではない。市井でも十八歳の誕生日は特別な扱いをするのが習わしで、両親を亡くしているジャスミンに、ガリエ公爵家の面々が考えてくれたようだ。
「それからこれは、国王から」
「は? ちょっと規模が大きすぎて理解できない」
「王女を救った礼だと言っていたぞ」
「いやいや、そんな親戚のおじさんが言ってたよ的なノリで言われても」
「親戚だ」
「そうでしたね」
忘れていたが、グレンは王族の血を引いているのだ。
冷酷だの残忍だの悪魔だのムッツリスケベだの、騎士隊では愛のあるいじりをされているので忘れていた。ジャスミンの好きなひとは、とんでもなく身分の高いひとだった。
最初のコメントを投稿しよう!