鉢植え娘の恋人

15/15
前へ
/15ページ
次へ
 白い封書を開くと、戸籍の写しが入っていた。ジャスミンの名があり、父母として記されているのは、ガザニア王国の三公爵のひとつ。国王の妹が嫁いでいる、歴史あるグレーメル公爵家。  疑問符が飛び交うなか、グレンが淡々と告げる。  ジャスミンの立ち位置を確定させるにあたり、後見人を探した。  ガリエ公爵家を除き、しがらみがなくすんなり事が運びそうな家を選択した結果が、そこだったという。 「奥様はよく、ジャスミンはうちの娘になればいいって言ってくれていたけど」 「それは駄目だ。ジャスミン・ガリエにするのは俺の役割だ」  不機嫌そうにくちを尖らせるグレンの頭上の花は左右に激しく揺れている。焦り方が半端ない。  思わず笑ってしまうジャスミンに、グレンはますますくちを尖らせた。 「恰好がつかない。十八歳になった暁には華麗に決めるつもりで父上には事前に話したし、マクニール医師にもジャスミンを貰い受ける許可はいただいた」  知らないうちに外堀が埋まっている。 「ジャスミン、今日の舞踏会は俺の婚約者、ジャスミン・グレーメルとして出席してくれ。グレーメル夫妻にはあとで紹介するから」 「ねえ、それ順番違うくない?」 「一度に済ませたほうが効率がいいだろう」  真顔で言ってのけるので、ジャスミンは脱力する。 「グレン、情緒がないよ」 「……そうか、それは悪かったな」  いつもどおりの不機嫌そうな声。だけど花は重たげに頭を垂れており、花びらを落としそうな萎れ具合。  何を考えているかわからないと言われるグレン・ガリエは、こんなにも雄弁で分かりやすくて可愛いひとだということを知っているのはジャスミンだけで、そのことが嬉しい。  もしかすると、いつかこの花は見えなくなるのかもしれない。  けれど、そうなったとしてもきっと、グレンのこころを見誤ったりはしないだろうと思えた。 「グレン、大好きよ」 「知ってる。俺も好きだから」 「うん、知ってるよ」  幾度となく確かめた言葉でも、今日はいつも以上に嬉しく感じる。現金なものだなあと思いながら、ジャスミンはこめかみにキスを受け、続いて唇で受け止める。  土色とも称される娘の頭頂部に、小さな緑の芽がひょっこりと顔を出していることに気づいているのは、若き恋人たちを見守る鏡だけだった。今はまだ。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加