鉢植え娘の恋人

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 そもそものキッカケは、幼少時の事故だ。  両親とともに王都へ向かう際、乗っていた馬車が暴漢の襲撃を受けた。  犯人は当時王都を騒がせていた犯罪組織で、追われていた彼らは逃げるための手段を求めて近くを通りがかった馬車を襲った。それがたまたまジャスミンたちが乗っていたものだった。  祖父の叙勲祝いに王都へ赴くということで、特別に手配した馬車だったことが不幸を招いたともいえる。馬車を貸し切れるほどの家なら、軍資金も賄えると考えたらしい。  たくさんの声と足音。  知らない大人の男たちの罵声と馬の(いなな)き。  のちに響いてきた金属が触れ合うような硬質な音。  悲鳴。  七歳のジャスミンは、なにがなんだかわからなかった。  横転した馬車と地面の隙間で、ただ縮こまっていることしかできなかった。 「大丈夫か、お嬢ちゃん」  光とともに聞こえた男のひとの声を最後にジャスミンは気を失い、そして次に気づいたときは豪華な一室にいて、覗き込んできた知らない少年の頭頂部に一輪の花が咲いているのを見たのだ。  どうして頭に花が咲いているの?  開口一番、そう問うた少女に動じなかった少年はたいしたものだとジャスミンは思う。のちに彼が語るところによれば「訓練の賜物だ」だそうだが。  続いて覗き込んできたのは祖父であり、けれどやはりその頭頂部にも花があった。少年とは違う色合いで、水分を失って萎れたような花。 「おじいちゃんもだ。お花咲いてるよ、でもげんきない。お水あげなきゃ枯れちゃうよ?」 「……ジャスミン」 「なに、おじいちゃん」  ボロボロと涙をこぼしながら祖父は自分を抱きしめて、背中をゆっくりと叩きながら、よかったと何度となく呟いた。  祖父の背中越しに見た少年は踵を返して部屋を出て行くと、やがて屈強な体格の男性とともに戻ってきた。  その男は意識を失うまえに見たひとで、騎士隊を率いていた隊長だとか。カルスと名乗った。  ここは公爵家の御邸で、彼は王家に最も近い血筋といわれる、ガリエ公爵家の人物だったのだ。ジャスミンの祖父は王宮で医師を務めており、騎士隊の救護も職務の範疇ということで、親交があったらしい。
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