14 愛しい人

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14 愛しい人

14 愛しい人   「疲れた……」  スレシンジャー公爵達を家から追い出せたのは日も落ちて随分経ってからだった。夕食を共にし、別荘にご案内してやっと帰ってきた頃には精神的疲労で疲れ果て、俺は自室に入ると速攻でソファーに沈んだ。  最近はずっと緩いペースで仕事していたから久々のこの感じが酷く疲れたように思う。それに、貴族的なやり取りとか激務ならまだいいんだが、なんかこうよく分からない身の危険を感じるんだよな……。 「リア」  だらしなくソファーに寝そべる俺を咎める事なく呼ぶのは紅茶を持ってきてくれたオルテガだ。甘い声で名を呼ばれて、知らずしらずにホッと息が漏れる。  大きな手が頬に触れ、奴が乗り上げてくるからギシリとソファーが悲鳴を挙げた。覆い被さるような姿勢のオルテガにこのソファーは少し窮屈そうだ。それなりに広いやつなんだが、やはり「私」の記憶にある姿よりずっと逞しくなっているのだと痛感する。  するりと広い背中に腕を回して抱き着いて甘えて見せる。顔を擦り寄せた胸元は少し青い草の香りと汗の匂いがした。やはり今日も薬草畑に行っていたのだろう。 「……汗と草の匂いがする」 「あまり嗅ぐな。まだ風呂に入ってないんだ」  臭いだろうと体を離しかけるオルテガの首に腕を回して引き留める。夕焼け色の瞳が僅かに顰められるが、構わずに彼の厚い胸板に指先を這わせた。 「どうせ今から汗をかくんだから後でも良いだろう?」  甘い声音で哭いて見せれば、オルテガが唾を飲み込む。上下する喉仏に舌を這わせて軽く噛みつけば、俺を見るオルテガの瞳が一気に欲情に染まった。  嗚呼、この瞬間が堪らないのだ。  オルテガがセイアッドだけを見て、溺れるこの瞬間が。  貪るように落ちてくる唇を受け入れながら、同時に体を弄る手に身を任せる。別荘にいた時はベッドでする事が多かったが、今夜はここでするのも悪くない。  そう思った時だった。急に体が浮いて慌ててオルテガの体にしがみつく。どうやら横抱きにされたらしい。 「フィン?」  どうするつもりなのだろうと思っていれば、運ばれたのは俺のベッドだ。 「ソファーでも良かったのに」  水を差されたことを不服に思って文句を言えば、宥めるように額にキスが落とされる。俺が疲れているのがわかっているから負担を少なくしたいのだろう。ありがたいが、そんな理性が煩わしい。  もっと俺に溺れて、俺だけを見て全て貪ってくれれば良いのに。  すっかりオルテガに染まった体は先程から腹の奥が疼いて仕方がない。早くしろと視線で急かせば、俺の言いたい事が分かったのだろうオルテガがふっと獰猛な笑みを浮かべる。 「そう急ぐな。疲れてるなら無理は良くない」 「大袈裟だ。体力もだいぶ戻った」 「毎晩あれだけ遅くまで眠らずに乱れてるのに?」  揶揄うような低い声が耳元を掠め、背筋にぞわぞわと甘い痺れが走る。腹を撫でる指先が悪戯するようにツンとつつくのは毎夜オルテガを受け入れている最奥だ。そこで得られる快楽を覚えた体はそれだけで堪らなくなった。 「いいから、早く抱いてくれ」  逞しい腕に頬を擦り寄せて強請ってみせながらオルテガの下肢に手を伸ばす。触れたそこは既に兆して服を窮屈そうに押し上げていた。  咎めながらも体は正直だ。にんまり笑って見せながら焦らすように掌で撫でさすれば、オルテガが息を詰める。  毎晩の様に体を重ねるうちに少しずつだが、相手の佳い所も悦ぶ触り方も分かってきている。オルテガは焦らす様に触れられるのが好きらしい。 「フィン」  やわやわと熱い雄を撫でながら耳元でそっと真名を囁く。そのまま耳介をかぷりと食んでやれば、腕に抱いた熱い体が微かに震えた。  あと一押しだ。 「早く。フィンが欲しい」  熱い吐息を零しながら彼の顔にキスをする。欲情に染まった夕焼け色の瞳が欲しくて仕方がないといった目で俺を見るのが堪らない。  シャツのボタンを外して素肌を晒せば、俺の生っ白い肌の上には大量の所有印が咲いている。新しいものから消えそうなものまで、一つ一つを指先でなぞり確かめながら笑みを浮かべた。  この印全てがオルテガに愛されている証だ。数日で消えてしまうのが不満だが、消える前に新たに付け直してもらえばいい。 「リア……」  低い声が俺の名を呼び、逞しい体が覆いかぶさってくる。首筋に熱い唇が触れ、男らしい指先が本格的な愛撫を始めて歓喜に体が震えた。快楽を覚えた体は直ぐに反応を返し、俺の口からは自然と甘い吐息が漏れる。  初めのうちは羞恥から声を堪えていたが、素直に乱れた方が気持ちが良い事を知ってしまってからは声を抑える事も減った。それに、オルテガもその方が喜ぶ。 「あ……」 「すっかりいやらしくなったな」 「誰の、せいだ」  意地の悪い事を言ってくるからオルテガの鼻を摘んでやる。情事の合間のこんな戯れも愛おしい。広い背中に腕を回して抱き着いてやれば、応える様に力強い腕が俺を抱き締めてくれる。  俺を抱き締めながら器用に服をずらしたオルテガの手が尻をなぞるようにして侵入してきた。その手の熱さにゾクゾクしながら好きにさせる。  ゆっくりとなぞる指先が辿り着くのは窄まりだ。本来なら硬く閉じたソコは与えられる快楽を覚えていて物欲しそうにひくついている自覚がある。  触れたオルテガもそれに気が付いたのだろう。底意地の悪い笑みを浮かべると、焦らすようにゆっくりと指先を沈めた。 「んん……」  いつの間にか潤滑油を纏わせていたようで、拓かれることに慣れた体はすんなりと指を受け入れる。最初に感じる挿入される時の異物感には未だに慣れないが、それも僅かな間の事だ。  くちくちと微かな水音を零しながらゆっくりと後孔を解されるもどかしさ。もっと荒々しく暴いてくれても良いのに、オルテガは最初の挿入までは絶対に丁寧にしかしない。どんなに強請っても「お前を傷付けたくない」とやんわりと拒否するのだ。  あの手この手で誘ってみても鉄壁の理性で己を律する姿を目の当たりにして、愛されているのだとむず痒くなる。野獣のようにギラついた瞳で俺を見ているのに、絶対にその牙を俺に向けたりはしない。  絶対の信頼は、決して揺るがないだろう。そんな気がする。 「俺」も「私」もそう長くない人生の中で裏切られ、貶められてきた。だからこそ、オルテガが嘘偽りなく真っ直ぐに与えてくれる愛情も信頼も酷く甘露に思える。  その甘露に呑まれてはいけない。まだやる事があるのだから。それでも、体を重ねるひとときだけは何もかもを忘れてオルテガの熱に溺れてしまいたかった。  腕を伸ばしてオルテガの首に回す。俺よりも太い首は厚い筋肉に覆われている。真っ直ぐに俺を見つめる夕焼け色の瞳はいつも綺麗だ。  このまま何もかもを忘れてぐちゃぐちゃにしてほしいのだと強請ったら叶えてくれるだろうか。 「リア?」  愛撫を止めて、オルテガが心配そうに俺の名を呼ぶ。その声に、訳もわからないまま涙が溢れそうになる。 「……どうした、何が悲しい?」  こつりと額を重ねながら優しくオルテガが問う。悲しいのか? いや、違う。この涙は……。 「違う、嬉しいんだ」  お前がそうやって俺を想ってくれる事が。「俺」の大切な「私」を愛してくれるのが。嬉しくてうれしくて堪らない。  初めて携わったキャラクターとしてセイアッドには深い思い入れがあった。どんな物語りであろうとも最後には幸せになれるだろうと送り出した。しかし、待ち受けていたのは度を越して不遇な扱いだ。  誰のルートでも、どのエンディングでも救われない。全てを失くす憐れなキャラクター。それが本来のセイアッドだ。  でも、ここにはオルテガがいる。真っ直ぐにセイアッドを見て、愛してくれる人がいる。  俺の胸の奥深く、静かに揺蕩う「私」が味わった絶望は深く、未だに傷付いた心は癒えない。それでも、いつかきっとオルテガの想いが「私」を揺り起こす時が来る。 「俺」はその時が来るまでセイアッドとして振る舞い、セイアッドを貶めた連中を全て叩き伏せるつもりでいた。そうすれば、「私」も「俺」も幾分かの溜飲が下がるだろうから。  半ば八つ当たりのようなものかもしれない。死に際見る俺の都合の良い妄想かもしれない。それでも、この世界でくらい目に物見せたくて。「私」を幸せにしたくて。 「リア」  オルテガの声に伏せていた視線を上げる。そっと大きな掌が俺の頬を包み込む。暖かくて男らしい掌はそれだけで安心出来た。 「愛してる」  甘えるように掌に頬を擦り寄せるうちに与えられた言葉に嘘も偽りもない。落ちてくる唇は優しくて甘くて。  この先に待ち受ける熱を切望しながらも、俺はこのひとときオルテガのキスに溺れた。
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