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23 悪戯
23 悪戯
ふと光が瞼をさして意識が覚醒する。
寝起きでぼんやりする頭で見上げた先にはうたた寝をするオルテガの顔が見えた。うーん、やはり寝顔も善い。ええと、それで俺は今何をしていたんだっけ。
そこまで考えた瞬間、自分の現状を思い出して慌ててオルテガにもたれかかっていた体を起こした。窓の外へと視線をやれば、眩しい西陽が差し込んでいる。オレンジ色に染まる世界にさぁっと血の気が引く。
どうやら気分転換と称してオルテガの腕に収まっている間にいつの間にか眠りに落ちていたようだ。
「い、今何時だ!?」
「なんだ、大声を出して……」
いまだに起きていないオルテガのでかい図体でぎゅうと抱き締められながら時計へと視線をやれば時刻は間も無く5時を指そうとしている。寝落ちとか、本当に笑えない。
「フィン、起きろ! そして、はなしてくれ!」
必死に腕の中でもがくが、寝ボケたオルテガが起きる気配はない。どころか悪戯する様に俺の首筋に鼻先を擦り寄せてくるから慌てて相手の頭を押しやる。
「フィン!」
起きろ!と頬を抓ってやるとやっと夕焼け色の瞳がはっきりと開かれる。同じオレンジの光を見た彼も状況を察したのだろう。端正な顔に苦笑いを浮かべる。
「見事に寝過ごしたな」
「笑えないぞ……っ!!」
オルテガの腕の中から動こうとして筋肉痛に襲われて動きが止まる。ああもう、今日は厄日かもしれない。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない。だが、あと数枚書かないと」
今夜はシガウスが王都へ帰る前に晩餐を共にすると約束している。約束の時間は7時だ。あと2時間しかない。その2時間も自分の支度なんかがあるから全部使える訳ではない。
幸いな事に指示の内容は組み上がっているから後は書くだけだ。書くだけなんだが……!!
「悪いが、家人たちにスレシンジャー公爵達のもてなしの準備が出来ているか確認を頼む。私はあと少し書き上げてしまうから」
「わかった。お前はそちらに集中しろ。他の事はやっておこう」
「すまない。分からないことがあったらアルバートに聞いてくれ」
「ああ」
足早に書斎を後にするオルテガの背を見送って、筋肉痛に苛まれながらデスクに戻ってペンを取る。放置したペン先はすっかりインクが乾いてしまっていた。
乾いたインクを拭き取ってから改めてインク壺に浸して只管右手を動かし続ける。夏休みの終わり、一夏限りの友人達と宿題の追い込みをした事を思い出しながらとにかく書いて書いて書きまくった。かと言って汚い字のものを相手に渡す訳にはいかないから出来る限り丁寧に書く事を心掛ける。
そうして、書き綴る事一時間半。約束の時間の30分前にやっと書き終わって書類を封筒に入れた俺はデスクに沈んだ。これから自分の身支度をしなければならないが、動きたくない。そして、右手が痛い。絶対ボールペンを作ってやる。
しかし、そんな俺の状況など知りもしない無情なノックが部屋に響く。
「入るぞ、リア。……終わったのか?」
「なんとか」
心配そうな顔をしながら俺の方へ近付いてくるオルテガはここにいる時普段着にしているシャツとスラックスだけの軽装ではなく、シンプルなジャケットを羽織っている。
一応貴族同士の食事会であるから気を遣ったのだろう。普段のゆるっとした服装も良いが、フォーマルな格好も良いな。身長が高く体のバランスが良いし、鍛えた体は引き締まっているから何を着ても良く似合う。
デスクに伸びながらうっとり見惚れているとオルテガが俺の長い髪を一筋掬い上げて髪の先に口付けを落とす。ロマンス映画に出てきそうなそんな気障な仕草すら似合ってしまうのだから恐ろしい。
「そろそろ着替えた方がいい。手伝おうか?」
「いや……」
いい、と言い掛けてふと悪戯を思い付く。誘うように微笑み掛けてオルテガを見つめれば、彼は不思議そうな顔をする。
「手伝ってくれ」
筋肉痛に配慮しながらゆっくり立ち上がって先んじて用意しておいた服の方へと近付く。今日は自分の執務室にずっといたし、出入りするのも俺とオルテガしかいないから動き易さを重視して全力で適当な格好をしていた。今の服装は黒のスラックスにシャツを出した状態だ。いつも身支度をしてくれる年嵩のメイドに見られたら卒倒されそうだな。
「ソファーに引っ掛けてある細身のベルトを二つとも取ってくれ」
「これか?」
オルテガに手渡して貰ったのは黒い革製のベルト。輪っか状になった本体にクリップ付きのベルトが三本ついている……いわゆるシャツガーター。
セイアッドになる前に愛用していたが、こちらにはなかったのでロアール商会に頼んで作らせたものだ。オルテガが見慣れないのも無理はない。商会の連中が「これは売れる!」とはしゃいでいたのでそのうち流行るかもしれないが。
「それはどう使うんだ?」
「こういうものだよ」
スラックスを下げて見せれば、オルテガが驚いたように目を見開く。その反応が楽しくて、見せ付けるように近くにあったオットマンに右足を乗せた。この際、筋肉痛は気合いで耐える。
白い足にはオルテガが残した痕が沢山ある。指先でそれをなぞるように触れてからガーターを一本取ってフックを外して輪を開く。舐めるように見るオルテガの視線と自然と上下する喉を見て悪戯が成功したと俺はほくそ笑んだ。
ガーターを太ももに嵌めてクリップ付きのベルト三本でシャツを挟み、長さを調節すれば片足は終わりだ。
「便利だろう? 右手が痛いから反対側は頼む」
小首を傾げながらオルテガを見れば、ギラついた視線が返ってくる。その視線にゾクゾクしながら左足を同じようにオットマンに乗せた。
オルテガは無言でガーターを手に取ると、淡々と俺がしたようにシャツを留めてくれる。思ったよりも反応が薄くて残念に思いながら、そのままスラックスを元のように履き直した。こうする事で動いてもシャツが乱れなくなり綺麗にシャツが入れられる、という訳だ。
「着せてくれ」
オルテガを促して上に着るフロックコートを持ってきてもらえば、背後からいきなり強く抱き竦められた。
「……今夜は寝かせないからな」
流石に驚いていたところに低く唸る様に囁かれて背筋がゾクゾクする。熱い体が触れるのが心地良くて、振り返りながらオルテガの頬に触れた。
「いいよ。好きなだけ抱いてくれ」
耳元で囁きながら少し背伸びをして唇の横にキスをする。夕焼け色の瞳が恨みがましげに俺を見るのが堪らなかった。
オルテガに身支度を手伝ってもらい、たっぷり戯れながら支度を終えた頃に部屋がノックされた。外からアルバートが告げたのはスレシンジャー父娘の来訪だ。
「そろそろ行くか」
「生殺しもいい所なんだが」
忌々しげに呟きながら腰を撫でるオルテガの手を擦り抜けてやれば、不満そうな顔をされた。たまにはこういう趣向だっていいだろう。
時には焦らされた方がより美味くなるものだ。
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