34 『夜離れの露』

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34 『夜離れの露』

 34 『夜離れの露』    翌日、俺はダーランが確保した男に会う為にロアール商会の工房へ向かった。  これから会う男は名をリクオルというらしい。東方の辺境に程近い小さな村に住む錬金術師で調香師だ。 『恋風の雫』を始めとしたいくつかの攻略お助けアイテムを販売するのがこの男であり、目下の所俺にとって最重要人物の一人である。  ダーランの案内で商会用に使っている建物の応接室に通される。  先んじて中にいたのは思ったよりも若い男だ。セイアッドよりも少し若いくらいだろうか。ゲーム内ではろくなグラフィックも名前もないモブの一人で、名前も容姿も分からなかったから探すのに時間が掛かったのだろう。  リクオルは俺が部屋に入るのと同時に立ち上がり、軽く会釈をする。怯えているのかそわそわと縹色の瞳が多少泳ぎはするものの、逃げる気はないようだ。 「時間を取らせてすまない。領主のセイアッド・リア・レヴォネだ」 「サバル村のリクオルと申します。あの、私のようなしがない者にどのようなご用件なのでしょうか。碌に説明もされず家族共々こちらに連れてこられたもので……」  おずおずといった様子を装っているが、瞳と態度を見るにそんなに怯えていないなコイツ。場慣れしているようだし、普段から貴族を相手に商売していたのかもしれない。それなりに確信犯で『恋風の雫』を流通させていたと思って良いだろう。  それならば、こちらも相応の態度を取るとしよう。 「この度、王太子ライドハルト殿下が婚約破棄をなされたのは知っているな」 「え、ええ。出稼ぎで少し前まで王都におりましたので、お話は……」  お互いに座りながら強い口調で口火を切れば、微かにリクオルが動揺する。新しい婚約者がステラなのを知っているんだろう。自分が作った物がまさか王太子にまで影響を及ぼすとは思っていなかったんだろうか。 「その一件に、お前が作っている香水の関与が疑われている」 「そんな……! あれはただの香水で」 「アシュク、だったか。お前の住む村の近くにしか咲かないという珍しい花は」  花の名に、言い訳していたリクオルの肩がびくりと跳ねた。分かり易すぎる反応に思わず口の端が吊り上がる。  ゲーム内のアイテムには効能と共にそのアイテムの設定が短文ではあるが書かれていた。『恋風の雫』のところには『嗅いだものを虜にすると言われる幻の花、アシュクを原料にした香水。心がふわふわするようなとても良い香りがする』と書いてあった筈だ。この一文から主原料はアシュクという花だと思って言ってみたんだが、どうやら正解のようだな。 「特殊な花らしいな?」 「……何故それを」  半ば睨む様に縹色の瞳が俺を見る。報告を聞いてから確認したが、サバル村はローライツ王国内でも超がつくようなド田舎だった。国内に住む人間でも、余程地理に詳しい者でなければまず知らないだろう。 「私が何故知っているかどうかは大した問題ではない。それよりもお前の今後の方を気にした方がいいぞ」 「え……?」 「王太子を始めとする高位貴族の子息が、あの香水の影響で心を惑わされ、混乱を引き起こしている。……使用者が国家転覆を目論んでいると思われてもおかしくはないだろう? そうなれば、香水を作ったお前にも咎は及ぶ。いや、お前だけじゃなく、お前の家族も巻き添えになるんだぞ」  にこやかに糾弾すれば、リクオルが弾かれたように立ち上がり、俺を睨み据える。その表情には強い怒りが浮かんでいる。 「家族は関係ない!!」 「お前が作った物がどれだけ影響を及ぼしていると思っている。そんな言い訳が通じる訳がないだろう。内乱罪は如何なる理由があろうとも関わった者は一族郎党みな斬首だ」  これは真実だ。内乱を企てた者は一族皆処刑と国の法律で決まっている。実際、『恋風の雫』の事が露見した時にはリクオルに全ての罪を被せて内乱を企てた犯罪者として処刑するつもりだったのだろう。そうなる前にダーラン達の尽力で彼等を保護出来たのは大きい。 「そんな……」  力が抜けたように椅子に崩れ落ち、カタカタと体を震わせるリクオルはこんな大事になるとは思っていなかったんだろう。金が必要な理由もあったから、彼は彼で必死だったのだ。ダーランから先んじて聞いていたそんな彼の事情も利用させてもらう。  俺は立ち上がってリクオルの近くに行き、彼の肩を軽く撫でてやる。おずおずと顔を上げた彼に、俺は微笑みながら指を三本立てて見せた。 「三日だ」 「え……?」 「『恋風の雫』に反する作用の物を三日で作れ。そうすれば私が守ってやる」  にこやかに告げれば、リクオルが愕然とした表情で俺を見上げる。 「そ、そんな……無理です! 材料だって……」 「どんなに高価であろうが希少であろうが材料も助手の錬金術師もこちらで揃える。お前に残された道は死ぬ気になって香水を作るだけだ」  家族の命は惜しいだろう?  耳元でそう囁けばリクオルは拳を強く握り締める。 「……三日で作れば、家族の命は助けて頂けるのでしょうか」 「ああ。私が君と君の家族を保護する。君にはうちの商会で調香と錬金の仕事を用意しよう。それから、息子に必要な薬も」 「っ……!」  これはリクオルに対する切り札の一言。リクオルは難病に罹った息子の為に金が必要だったのだ。香水の効果がやばいものだと分かっていながらも作製したのは全て家族のためだった。ならば、その感情をも俺は利用してやる。  その代わりに絶対に裏切らない。彼等の事は何をしてでも助けるつもりだ。いざという時は彼等を隣国に逃す手筈も整えてある。 「約束は、守って頂けますか?」 「ああ。私の命に懸けて」  心臓の上に右手を置きながらこちらを真っ直ぐに見つめるリクオルを見つめ返す。ここで彼を口説き落とせなければ今後に憂いが出てくるだろう。俺も必死なのだ。  何よりも、オルテガを手放したくない。 「……わかりました。材料が揃い次第三日で作ってみせます」  意を決したリクオルの縹色の瞳が俺を見つめる。覚悟を決めた良い目だ。 「協力に感謝する。……必要なものはダーランに頼んでくれ。直ぐに揃えさせる」 「はい」 「これは前金代わりだ。持っていけ」  控えていたダーランから小さな袋を一つ受け取り、リクオルに差し出す。恐る恐る手に取った彼は中身を確認して縹色の目を見開いた。 「これは……」 「ここレヴォネは交易の地だ。新しい薬や治療法がどこよりも早く入ってくる。効くものは片っ端から試してみると良い。金なら気にするな。……お前の働きに期待しているぞ」 「っ……!」  俺の言葉にリクオルは深く頭を下げた。そんな彼に背を向けて俺は部屋を出る。これで上手くいっただろう。あとはアイテムの完成を待つだけだ。  俺が本当に欲しかったものはリクオルが作るもう一つの攻略お助けアイテム。  その名を『夜離れの露』という。『恋風の雫』が好感度を上げるアイテムなら、こちらは逆に近くにいるだけで好感度を下げるアイテムだ。  ゲーム進行上、特定キャラのルートに行きたいのに別のキャラの好感度が高いと分岐が上手くいかない場合がある。そんな時に使うのがこの『夜離れの露』だ。  これを『恋風の雫』と偽ってステラに渡せばどうなるか。考えるだけで楽しいじゃないか!  ステラが真摯に誰か一人を攻略していれば結果は違ったかもしれない。まだ許せたかもしれない。だが、俺が予測する限りこの世界のステラは『恋風の雫』を使って年下組を纏めて攻略しようとしているように思う。  普通に暮らしている者がリクオルの香水を知っているとは思えないし、ダーランがリクオルから聞き取った話から推測してもステラは初めから効果を知っていて香水を探していたようだ。  恐らくこの世界に存在しているステラは「俺」と同じく『転生者』だろう。 「……手加減してやる必要なんてないよな」  確かにこの世界はゲームの設定に良く似た世界だ。しかし、ここに存在する者達には全員歩んできた人生があり、皆必死に生きている。これからの未来にだってそれぞれが歩むべき人生が、幸せになる権利があるのだ。  そんな人々を自らの欲望を満たす為に振り回す事を、『俺』も『私』も認めない。  今後の動き次第では手心を加えてやっても良いとは思っている。それもステラの考え方次第ではあるが……。  直接対峙する機会はいずれ来るだろう。その時にゆっくり彼女の考えを聞くとしよう。
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