40 望まぬ手紙

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40 望まぬ手紙

40 望まぬ手紙    魔物についてもっと話したかったが、世間話を交えている間にアルバートが食事の支度が出来た事を告げに来た。うーん、残念だ。色んな話をもっと聞きたかったんだが……。  明日にはシュアンが戻り、グラシアールも王都へと発つだろうからまた機会がなくなってしまう。そのうち時間が作れればいいが、それも難しいかもしれない。  そんな俺の予想に反して、食堂で和やかに話しながら食事を進めているとその最中にアルバートからシュアンが戻ったと知らされた。戻るのは明日だろうと思っていた俺とオルテガは驚いたが、グラシアールに言わせれば、シュアンの乗る竜はラソワの中でも誰よりも速く飛べるのだという。  戻ってきたシュアンは王都で訪問の先触れを出してきた事と、俺に対する書状を預かってきた事を報告して一通の手紙を差し出した。誰からなのかと思って封蝋に使われている印璽を見て、俺は盛大に顔を顰める。 「誰からだ?」 「ライドハルト王太子殿下です」  オルテガの問いにすかさずシュアンが答えると、オルテガもまた顔を顰めた。今更何の用なんだ。 「リア、開けなくて良い。どうせろくな事は書いてない」 「それは承知の上だが、受け取った以上中を改めない訳にはいかないだろう」  オルテガの言う事はもっともだが、読まなかったら読まなかったで難癖をつけられるんだよなぁ。それにラソワ側にも迷惑掛けるし。隠しもせずにため息をつきながら封を開けて手紙を改めれば、すぐに頭痛がするような事が書いてあって思わず脱力する。  うーん、やさぐれたい気分だ。ちょうど酒もあるし、このままヤケ酒でもしてやろうか。 「何て書いてあったんだ?」  興味津々と言った様子のグラシアールに手紙を差し出す。本当は王家からの手紙は回し読みなんかするもんじゃないが知るか。説明する気力も失せた。 「ほほう、随分と調子の良い事が書いてある。お前の功績に免じて恩赦をくれてやるから王都に戻って来いとは……随分と舐められているな」  楽しそうに笑うグラシアールだが、薄氷色の目が笑ってない。めっちゃ怖いんだが。オルテガはオルテガでグラシアールから回された手紙を無言で握り潰しているし。不敬だとか怒る気力もない。  どうせ政務が立ち行かなくなってどうしようもなくなったとかラソワ国王太子の訪問の対応だとかさせたいとかそういう理由だろう。知るか。向こうが頭を地面に擦り付けて低頭平身「どうか戻ってきてください」と謝るなら考えてやっても良いが、なんだこの手紙は。 「シュアン殿」 「何でしょうか」 「明日王都に行ったら殿下にお伝え願えますか? 『恩赦を受け入れるということは罪人であると自ら認めるのと同義です。私は無実なのですから、恩赦など必要ありません。何か御用があって王都に戻って欲しいならそれなりの誠意を見せてくださいませ』と」  憤慨しながらもにっこりと笑ってそう断じてやる。利用されるのがわかっていて誰が戻るか。手紙にするのすら面倒臭くて伝言を頼んだが、シュアンの方もにこにこしながら承知してくれたので後は任せよう。  いやー、それにしても俺よりグラシアールとオルテガの空気が怖いんだが。グラシアールはこのまま王都に行かせて良いのか不安になってきた。折角国交が回復して正式に終戦したし、魔物についてだってまだまだ彼の見解を聞いてみたいんだが。それに、折角個人的にも親しくなれたのにまた国がギスギスするのは悲しい。  俺の向かいに座っているオルテガの方は終始無言なのが怖い。俺と接する時のあのデレデレに甘い空気はどこに行った。塩対応モードか。 「フィン」  名前を呼べば、夕焼け色の瞳が俺を見る。しかし、そこに在るのはいつものような甘いものではなくて凍てついた氷のような目だ。その目を見て、ちょっとばかりゾクリとする。いつも俺には優しい顔しか見せないからこの目は堪らない。 「どうした、リア」  しかし、そんな氷のような冷たさは俺を見た一瞬で失せてしまう。  いつものような夕焼け色の優しい瞳を今は少しばかり残念に思う。俺にもオルテガの獰猛でどうしようもなくドロドロした醜い部分を見せてくれてもいいのに。そんなお前でさえ愛し尽くせる自信がある。  取り繕った綺麗な上辺だけではなく、腹の内に抱えたもっと醜くて歪んだ執着を見せ付けて欲しい。俺の身にも心にも消えぬ形で刻んで欲しい。  そうすれば、「俺」が抱えるこの侘しさも少しくらい紛れるかもしれないから。 「……何でもない。変な行動は起こすなよ」  突っ走った行動を取らないように釘を刺しながら食事を再開するが、殿下からの手紙と自分の気分のせいですっかり食欲が失せてしまった。  幾ら愛されようが、所詮は借り物だ。いつか「私」に返す日が来る。  その事が最近少し苦しくて悲しい。大丈夫だと思っていた。目を逸らして見ないようにしてきた筈なのに、いつしか想いは無視出来ないくらい大きくなってしまった。  愚かな事だと自嘲しながらそれでも想いは止められない。せめて、決着をつけるまで。その間だけで良いからもう少しだけオルテガの熱を独り占めにしたいと願うのは「俺」の我儘だ。  自分の浅ましさが嫌になる。「私」の為だと言いながらこうして利己的な考えを抱いているのだから。 「リア」  グラシアールに名を呼ばれてそちらに視線を向ける。彼は食事の手を止めて俺を見ていた。 「食事が終わったら特別に竜に乗せてやろう」 「っ! いいのか?」  願ってもない申し出に沈み掛けていた思考が一気に吹っ飛ぶ。触らせてもらうくらい出来れば嬉しかったが、まさか乗せてもらえるとは。 「飢饉の際には餓えていたカルの子らもお前からの支援で生き延びる事が出来た。リアにならカルも背を許すだろう」  俺が食い付いた事に気を良くしたのかグラシアールがワイングラスを揺らしながら笑う。  年甲斐もなくソワソワしてしまうのは仕方ないだろう。だって、本物の生きたドラゴンに乗って空を飛べるとかそんなの日本ではあり得ない。VRなんかを使えば限りなくそれに近い体験は出来るかもしれないが、やはり本物が良いに決まっている。 「……やっぱり俺も竜を捕まえに行くか」  向かいの席から不穏な発言があった気がするが聞かなかった事にしておこう。
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