44 黄昏の抱くもの

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44 黄昏の抱くもの

44 黄昏の抱くもの   「…………」  俺の言葉に、オルテガは考え言い淀む。言葉を選んでいるのか、そもそも選択をしているのか。俯いている彼の表情からは読み取れない。  いずれにせよ、言える事はただ一つ。彼の次の一言で俺達の関係が決まる。 「……俺は」  ややあって、やっとオルテガが顔を上げて口を開く。戸惑い、言葉を模索している様子に黙って聞く体勢を取れば、彼は安堵したように小さく溜息を零した。いくらでも待ってやるから本音を聞かせてくれ。 「俺は幼い頃からずっとお前が好きだった。多分、物心が付く前、お前に出逢った瞬間からずっと。……同時にお前に対して使命のようなものを抱えているんだ」 「使命?」  首を傾げながら訊ねれば、オルテガが俺の頬を撫でる。大きな手は緊張しているのかいつもより冷たくて強張っているようだ。 「そうだ。お前を守り、共に生きろと俺の中に在る何かがずっと叫んでいる」  オルテガの言葉にふと過ぎるのは転生者の可能性だ。しかし、口振りからするにオルテガの意識は彼自身のもののように思う。  セイアッドのように意識の奥底に沈んだ状態で、時折その者が浮上しては影響を与えているのだろうか? それにしては違和感がある。 「そんな俺の一方的な想いを、お前に押し付けていいのか。そう思っていたところにアールと話しているお前を見て、更に心が揺らいでしまった。俺がお前を縛りつけていいのかと。お前は宰相だ。国や民を一番に想う姿をずっと見てきたからこそ……俺がお前を独占したいなどと思うのは烏滸がましいのではないかと思ったんだ」  俺を強く抱き締めながら切々と零すオルテガの言葉を聞きながら俺はそっと息を零す。  思えば、物心つく前からずっと一緒で、付き合い始めも半ば勢いみたいなものだったから、俺達の間には腹を割った会話が足りなかったのだろう。  手を伸ばしてオルテガの頬を撫でる。らしくもなく自信無さげな笑みを浮かべる彼は俺を見つめながら言葉を続けた。 「お前の言う通り、今更俺はお前を手放す事なんて出来ないんだ。だから、言葉では傷付けたくないなんて言いながらここ数日はお前が好んだあの香水を身に付けていた。……お前が俺の本性を知っても、お前を逃がさない為に。香水がお前の心や体に影響を及ぼしたのは予想外だったが、俺にとって好都合だったんだ」  仄暗い瞳に見つめられ、語られる言葉に耳を傾ける。どうやらオルテガの抱える愛執は相当根深いらしい。  ただ、彼が言う事を信じるならば、「オルテガ」という存在にセイアッドを愛するよう何かしらの強制力が働いているのかもしれない。 「……フィン、お前の方こそ嫌じゃないのか?」  その「何か」によって感情が決め付けられるならば、他に愛おしいと思った人がいるかもしれない。元々、本来のオルテガとは在り方が歪んでいると思ってはいたが、その皺寄せもあるのだろう。 「他に愛したいと思った者がいるんじゃないか? 本当は私の事を疎ましく思っているのに、その使命感に強制されているんじゃないか?」  訊ねるのが怖くて声が少し震える。もし、もしも誰か他に愛する者がいると言われたら、「俺」は「私」はオルテガを解放してやれるのだろうか。  ……多分出来ない。『恋風の雫』を使ってでも縛り付けようとするかもしれない。嗚呼、なんだかんだ言って結局俺達もまた同じ穴の狢のようだ。  不安に揺れる俺に対してオルテガは緩く首を横に振った。 「リア、お前を愛しているのは間違い無く俺自身の気持ちだ。これだけは、絶対に、嘘偽りはない」  真っ直ぐに見つめながら告げられた告白に、ぼろりと涙が零れる。嗚呼、なんて嬉しい言葉だろう。この言葉が聞ければ十分だ。 「……泣かないでくれ。不安にさせてすまなかった、リア」  長い指が優しく涙を拭ってくれる。熱い胸にしがみついてぐずる俺を、オルテガが優しく宥めてくれた。大きな手が髪を撫でてくれるのも、こうして優しく抱き締めてくれるのも大好きなんだ。 「フィン、私はどんなお前でも愛している。何年一緒にいると思っているんだ。お前の愛情が鬱陶しいくらい重い事なんてとっくの昔から知っている。……お願いだから今更私から離れないでくれ」  半ば自然と紡がれた言葉は「私」の気持ちの発露だ。「私」もまたオルテガを深く愛しているのだから。  応えるように強く抱き締めてくれる腕に身を任せて、逞しい背中に腕を回す。抱き合いながら想いを確かめ合うのは尊い事だ。  どんなに長い時を共に過ごしてきたって、言葉にしなければわからない事も沢山あるのだと痛感した。これからは「俺」もまた言葉にしてオルテガに伝えていかなければ。  ……いつか終わりがくる事でも、少しでもオルテガの心に残りたいのだから。  額を擦り寄せてオルテガに身を任せるうちに昂っていた心もいくらか凪いできた。いかん、冷静になってみればらしくもなく熱くなってしまったな。それにだいぶ言い過ぎた気がする。 「……フィン、すまない。色々と、その……言い過ぎた。お前の気持ちも考えずに……」 「いいよ、俺が悪かった。リアの言う通り、中途半端だった。……これからは何にも遠慮せず、本気でお前を愛するからな」  覚悟しろよ。  耳元で低く楽しそうな声が囁くのと同時に世界が反転する。  押し倒されたのだと気が付いた時には既にオルテガの体が俺にのしかかってきて、腕を押さえられた。獰猛で雄っぽい笑みを浮かべて俺を見るオルテガを見上げながら俺は思った。  ちょっとばかり早まったかもしれない、と……。    ◆◆◆    夜も更け、草木も眠りに就いた頃。  領主であるセイアッドの部屋ではか細い悲鳴とベッドの軋む音が響いていた。 「や……も、無理……っ! こわい……!」  白い喉から止めどなく悲鳴が零れる。数え切れない程に果て、過ぎた快楽に恐怖を覚えているのだろう。  快感を通り越して怖いとぐずるセイアッドの髪を撫でて宥めながらも、オルテガは律動を止めない。しがみついてくる細い腕に暗い悦楽を覚えながらしなやかな体を貪り続ける。  心の底から愛おしくていとおしくて堪らないのだ。物心つく前、まだ言葉すら話せぬ幼児のうちに出逢った時からその想いはひとときたりとも変わらない。  互いに母親に抱かれての邂逅だったが、小さな白い手に触れ、月光色の瞳を見たあの時からオルテガの中には確かに愛情が芽生えた。同時に胸の内に生まれたのは強い使命感。  何があろうと、この愛おしい人を守り抜く。本能にも似たその衝動に突き動かされるまま、オルテガはこれまで生きてきた。  この衝動の正体が何なのか、よく分からない。ただ、「ソレ」はいつも酷く必死なのだ。  胸の奥底から守れまもれと叫ぶ。決してその手を離すなと吼え立てるその衝動。  初めはその衝動を疎ましく思う事もあった。されど、セイアッドと共に時を重ねていくうちに、いつしかその衝動はオルテガの自身の抱える感情と重なっていった。  ……「ソレ」はきっと大切な者を守り切れなかったのだ。だからこそ、オルテガの心に何度も訴えかけてくる。  腕の中でセイアッドが高い悲鳴と共に幾度目か分からない絶頂を迎える。搾り取るように収縮する肉壁に促され、最奥に精を放つと漸くオルテガは律動をやめた。  腕の中で荒い呼吸を繰り返すセイアッドは息も絶え絶えといった様子で、いつも溌剌とした月光色の瞳もどこか虚ろだ。そんな様子を見つめながらオルテガは自らが抱える仄暗い欲望が満たされるのを感じていた。  今この時はオルテガだけのセイアッドだ。  細い体を抱き締め、余すところなく唇を落とす。滑らかな白い肌にも、蕩けた月光色の瞳にも、その全てにオルテガのものだと刻み付けていく。  愛を与え、快楽を覚えさせ、心すら縛り付けて。自らの元を離れないように。  咥え込んだ雄と幾度も注がれた精とで薄っすらと膨れた腹を指先でなぞれば、細い体がふるりと震えた。僅かな恐怖を覗かせる月光色の瞳に笑みを浮かべて見せる。 「言っただろう。もう遠慮はしない、と」  笑みを浮かべながら告げ、碌に動けないだろうに必死で逃げようとする体を押さえ付ければ、セイアッドが引き攣った笑みを浮かべた。 「ま、まだするのか?」 「リアは激しいのが好きなんだろう? ……今夜は寝かせないからな」  耳元で甘く囁く言葉はセイアッドにとっては死刑宣告に等しいものだろう。だが、オルテガはその月光色の瞳に浮かぶ僅かな期待を見逃さない。  性に疎かったセイアッドがこれ程まで淫靡に華開いたのはオルテガにとっては僥倖だった。  今夜は彼の方から誘ってきたのだから、思う様貪り尽くしてやろう。そう思いながらオルテガは紅い痕が無数に散らばった白い胸元に口付けを一つ落とした。
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