48 怪しい手紙

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48 怪しい手紙

48 怪しい手紙    ダーランに絹の件は任せるとして、他にもやる事がある。  アルバートからついでに持って行けと言って渡されたとダーランから差し出されるのは大量の手紙だ。今朝はチェックする暇がなかったから日中に届いた分も混ざっているせいなのかいつもより量が多い気がする。  領地に引っ込んですぐは然程送られて来なかった手紙だが、徐々にその量が増えていた。今では多い時で日に30通程届くので目を通すだけでうんざりしてしまう。  ダーランにペーパーナイフを貰いつつ、一通ずつ印璽や差出人の名前を見て仕分けしていく。ご機嫌伺いも多いが、時折王都の協力者からの手紙やこれまで連絡を寄越さなかった者からの手紙も混じっているのでとりあえずざっと仕分けして、いつもの面子からのご機嫌伺いは後に回す。まずは王都からの手紙だ。  詳しく読んでいけば、ラソワとのトラブルがそれなりに詳しく書いてあった。それなりに、というのは連絡をくれた者が政治に携わる者ではない為結局伝聞でしかないからだが、これが限り無く真実に近い情報だろう。同時に大馬鹿をやらかした奴が誰なのか判明して俺は頭痛を覚えてこめかみを揉む。 「……ダーラン、商会経由で入って来る情報でステラの話はあるか?」 「色々あるよー。そこに書いてあるものと大体一緒だと思うけど」  にこにこしながらもダーランの雰囲気が刺々しい。ああもう、いくら何でも王妃教育くらい真面目に受けてると思ったんだがな……。 「贅沢三昧で早々に予算使い切って、商人達といざこざ起こしかけてお金欲しさによりにもよってラソワ大使や他の国のお偉いさん達がいる前で関税増額を王太子に進言したんでしょ? 飢饉で困っていたところに食糧をやってるんだから税金払わせたらいい! って。その話聞いて「流石にそんな事ある訳ないだろー」って笑いが止まらなかったわ。でも、リアが確認してくるって事はこの話が事実なわけ?」 「そうみたいだな。あー、もう知らん」  手紙を丸めて放り投げる。まだグラシアール達は王都には着いていないだろうが、今後の波乱を考えると胃が痛くなってきた。頼むから開戦なんて事態には持っていかないでくれ。  後始末を思うと思わず遠くを見たくなる。出来る事ならこのまま隠居したい。 「……殿下は慌てて止めたらしいが、結局大使を怒らせたみたいだな」  まあ、確かにラソワ大使は竜を連れていないと一見ではそれとわからないからな。この国の常識から考えれば特に。  なんかもう考えるのが嫌になってきた。ドラゴンに癒されたい。嗚呼、カルは可愛かったなぁ……。俺もマイドラゴンが欲しい。 「現実逃避してないで対策考えなくていいの?」 「策もクソもあるか。考えた所で私が王都にいなければ無意味だ。グラシアールが短気を起こさない事を祈るだけだろう。あとは向こうでどうにかしてもらうしかない」  グラシアール自身はセイアッドに対して非常に友好的だ。昨日聞いた限りではラソワ全体からの心象も悪くないと思う。そんなセイアッドを追い出して尚且つお互いが交わした約定の内容も理解せずに表面だけ見て馬鹿な発言している奴がいる段階でグラシアールの好感度はマイナスだろうが、これ以上拗れない事を祈るしかない。まあ、なんかあったら王太子どもがうちに頭を下げに来るだろう。  そう思えば、グラシアールの全面協力を取り付けられたのはめちゃくちゃ大きいな。予想外の駒だったが、盤面では一際の存在感がある。  他国の、それも大陸で一番の強国の王太子が後ろ盾という状況は非常に美味しい。更に筆頭公爵家であるスレシンジャー家も協力を約束してくれているのでそれだけでも政治面ではアドバンテージがあるだろう。  問題は人間関係の方だな。ステラの動向をもう少し詳しく知りたいところだ。グラシアールが早く竜使いを寄越してくれる事に期待するか。  シガウスもそろそろ王都で落ち着いた頃だろうからそちらからの報せも合わせて待つとしよう。  シガウスならこれまで伝聞が多かった内情的な部分ももっと踏み込んだ内容が期待出来る。いやー、中央がどれだけ混乱してるか楽しみだな。ここまで来ると逆に楽しくなってきた。 「ヤケ酒でもしたい気分だ」  ヘッドボードに寄り掛かりながらぶすくれていれば、ダーランが苦笑する。 「気持ちは分かるけどねぇ。展開としては最高に好都合な展開でしょ」 「まあ、そう言えなくもないな」  王太子側がポカをやらかして戦争の危機。しかも追い出した宰相の功績で成された約定が発端だ。ラソワの機嫌を取るためにもセイアッドを呼び戻したいという思いが出て来るだろう。セイアッドやその部下以外にグラシアール相手にやり取りできる連中がいるようには思えない。  昨日シュアンが持ってきた王太子からの手紙の内容を鑑みても宰相代理もそろそろ限界が来ているのかもしれないな。ヴォルクンは優秀な男だが、頭脳が優秀なだけではどうにもならない事もある。  グラシアールに託したルファスに宛てた手紙には「余程のことがない限りはグラシアールの好きにさせろ」と書いておいたので彼には存分に王都で暴れてもらおう。何があっても責任は他の連中に取ってもらうから俺は知らん。腹を割って話せば良くも悪くも豪胆ではあるが、思慮深い方だった。そんなグラシアールを怒らせるような奴が悪い。    王都の事は一旦置いておいて手紙を次々改めていく。擦り寄りたい連中からの手紙が半分、他には領主としてセイアッドに宛てた手紙がいくつか。それからセイアッド個人に宛てた物には別の領地で依頼した品種改良中の麦の生育状況を報せてくれる手紙があった。  普段ならば印璽や格式も領主として手紙を送ってくれるが、今回は個人として手紙を送ってくれたらしい。政変に配慮しつつも俺に報せてくれたんだろう。ありがたい事だ。  どうやらその領地でも麦の生育は順調らしい。手紙の最後に一言「無理はしないように」と直筆で書き添えられているのがとても嬉しかった。立場的に公に支援は出来ないが、こうしてセイアッドの味方をしてくれる人もいるのだと実感出来るから。  他の手紙を改めていけば、大方はいつも通りのものだ。返信の必要な物だけ分けて残りは後で暖炉にインしてやる。どうでもいいゴマすりに割く時間はない。  されど、一通だけ気になるものがあった。  印璽は翼を広げた小鳥の頭上に星。はて、誰だったか。私的なやり取りに使われる簡易的な印璽らしいが、この印璽を使っている者に覚えがない。  個人が使う印璽はその家が使う事を許されている意匠を簡易化したものにプラスして何かしらのモチーフを用いることが多いのだが、この手紙の印璽はどちらがメインなのかもわからなかった。  星も小鳥もメインの紋章にしている家があるが、そのどちらにも私的な手紙を送って来るような者に心当たりがないのだ。なんなら敵対勢力の連中の筈だが。  とりあえず、中身を見てみようとペーパーナイフで開封して便箋を取り出して見てみるが、これまた不可解な内容で余計に混乱する。 「……悪戯か?」 「んー、どしたの」 「いや、変な手紙が……」 「なになに?」  興味津々と言った様子で俺から手紙を奪ったダーランが内容を見て眉を顰める。気持ちは分かるぞ。意味不明だからな。 「『近くお迎えに参ります』って……何これ」 「私が聞きたい。差出人の名前も無いし、印璽にも心当たりがないんだ」  宰相として働いていた「私」は各家の印璽の紋様を全て記憶している。個人の印璽もそこから派生するもので、それなりにやり取りがある者なら覚えがある筈なのに全然思い出せない。そこで星か小鳥を紋章をしている家を思い浮かべる。  まずは小鳥だ。これはアスフールという侯爵家が使う事を許されている。領地は南西で特筆する事もないいくつかある侯爵家のうちの一つだ。  家族構成は現当主とその妻、そして息子が二人。うち一人は既に結婚して次期侯爵として教育を受けている筈だ。次男の方は大した情報がなくて覚えていないが、どちらもセイアッドとの接点は特にない。  そして、もう一つの星の方が問題だ。  星の紋章はミナルチーク伯爵家が使用している。そう、ヒロインステラの今の実家である。家族構成は現当主と妻、子は実の息子と娘が一人ずつに養女としてステラ。娘は既に嫁いでおり、国内の伯爵家に嫁入りしていた筈だ。  どちらもセイアッドにしてみれば、政敵に当たる家なのでこんな手紙を寄越してくる意味がわからない。正体不明の印璽の封蝋、差出人の名前もない、内容も一文だけの怪文書を前にして困惑しきりだ。 「意味分かんないけど、この紋章ってどっちもリアにとっては敵陣じゃない?」 「そうだな。小鳥はアスフール侯爵家、星はミナルチーク伯爵家だ」 「うげ、あの女の実家じゃん。ちょっと警戒した方が良さそうだな」  嫌そうな顔をするダーランから手紙を受け取りながら短い文を読み直す。筆跡にも覚えはないし、ひっくり返してもやはり何も書いてない。  うーん、一体誰からの手紙なんだろうか……。 「オルテガ様が傍にいない分、ちゃんと警戒しろよ。リアは警戒心が薄いから心配だ」 「そんな事は」  ない、と言い掛けて昨日の事を思い出す。グラシアールが鷹揚だったから良かったものの、彼が本気ならば簡単に連れ去られていただろう。オルテガにも怒られているのでここは素直に頷いておこう。 「……気を付ける」 「侯爵家の護衛もいるだろうけど、俺の仲間からも付けておくから」 「ああ」  過保護だと言いたいが、自分の行動を振り返れば口を出す権利もないなと黙って従っておく。相手も何してくるかわからなくなってきたしな。  用心するに越した事はないだろう。
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