vs.式部

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vs.式部

 和尚が大文字と比叡山を眺める程良い踊り場に差し掛かかる。丁度その時、鮮やかな紫の風呂敷を抱え凛としたご婦人がやって来た。 「あら!和尚さま、お久しぶりでございます」 「おお!式部殿ではないか、久し振りじゃ。元気そうで何よりじゃ」 「ええ、おかげさまで。今宵は遠回りをして参りました」  今宵のご婦人は机の前で日々根を詰める我身を案じ、堀川通りに面した墓所から北大路を経由し西向きに足を延ばしていた。 「通りすがりに阿国様をお見かけしました。丘の周りは小路が隠し扉のようにいくつかございます。年ごとに(みち)(こと)にするのも一興ですわ。そう云えば、春には今宮のお社で悪疫退散のやすらいのお祭りが催されたとお聞きしております。そこは巷で『たまのこし』の社と呼ばれ女子(おなご)に評判ですわね」  和尚、大きく頷く。 「うむ、社の隣のお玉さんは太くてご立派。安産はもちろん、赤子のついでに旦那も背負える玉の腰!」 「...まあ、和尚さまったら...」  呆気にとられ言葉に詰まるご婦人。和尚は真顔のままご婦人を直視し続ける。ご婦人、やや気圧されるが呼吸を整え一気に言葉を紡ぐ。 「荒れ果てたお社をご立派に再建なさったのは西陣の八百屋の娘、お玉さん。のちの桂昌院様。徳川三代将軍家光様のご側室、五代将軍綱吉様のお母上。そのご一生こそ、世に言う『玉の輿』の由来ですわ」 「おー、そうそう、そうじゃった。そうじゃった。ハッハッハ」  和尚、悪びれもせず無意味な笑いでやり過ごす。が、目は笑わない。たじろぐご婦人。それでも生まれながらの品格が無意識のうちに場を継なぐ。 「社の参道には茶屋が仲良く向かい合っております。串に刺した小ぶりの甘いお餅の商い。元祖と本家、こちらも大層評判だとか。和尚さまは、どちらがお好み?」  和尚、シメた!とばかり怒涛の口撃。 『あぶり餅 夜は暗くて 店じまい 食まず愛でれば 絵に描いた餅』  小鼻膨らませ余裕のドヤ顔。  すると、これまで柔和だったご婦人の容貌一変。眼光鋭く和尚を見据え、良く通る声で和尚に反撃。 『あぶり餅 たとひお口に 召さぬとも 悟りの心眼 真贋を味る』  和尚、その場で凍り目が点に。だが、すかさず体制立て直す。 「おー、お見事。これは一本取られたわい。儂の負けじゃ。負けじゃ。己に喝!」  ボサボサ頭をポンと一つ叩き破顔大笑その場を誤魔化す。    そろそろ潮時。だが、根は負けず嫌いの和尚。 「式部殿、紫の包の中は硯箱(すずりばこ)じゃな。相変わらず書き物がお好きと見える。式部殿の恋愛譚『源氏物語』はまことに巧妙。異国でも高名。世に光明を与え功名を立てられよ。フフフ。して、お隣に眠っておられる小野篁(おののたかむら)殿はいかがされた?」  めげない和尚。ご婦人の微笑みは冷たく醒めていた。 「小野様でしたら先ほどまでご一緒でしたが千本通りを下がり、ゑんま堂へ行かれました。今宵は閻魔様のお裁きをお手伝いするゆえ、お茶はご遠慮なさるそうです」  心なしか語尾が硬い。 「そうであったか。お二人とも正月に興ずる百選の歌留多『百人一首』に名を遺すほど百戦錬磨の文人じゃ。皆が禍や憎しみを一時でも忘れるよう、習作を重ね秀作を詠みなされ。殊にこの先、女子(おなご)の精進が正真・正銘楽しみじゃ。昇進され逆玉も増えるわい。ほっーほっほ」  実にしぶとい和尚。  ご婦人の顔がみるみる強張ってゆく。  頬もぴくぴく引き攣り始めた。
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