大河ドラマ

1/1
前へ
/7ページ
次へ

大河ドラマ

 和尚が漸く式部と別れ石舞台に着くとその観覧席で仲良く二組の夫婦(めおと)が阿国の稽古を楽しんでいた。細川忠興とガラシャ、そして前田利家と松子である。 「しばらくじゃ。お二方とも相変わらず仲睦まじい。細川殿は先の大河娯楽劇『麒麟がくる』で姿を見せていたな。衆目集めたゆえ塔頭ではゆっくり眠れたかのう?」和尚がご夫妻に声を掛ける。 「さよう、和尚。余とガラシャは脇役ゆえ存外静かに過ごせたぞ。のうガラシャ」 「はい、わたくしを演じた健気な芦田愛菜様は、年端も行かぬころから人気者。真に可愛らしいこと。このところ、商人(あきんど)が品の評判を流布する瓦版でもずいぶんとお見かけいたします。お疲れでなければ良いのですが。とても他人事とは思えませぬ」 「如何にも。じゃが、近頃は民の意が手元の印籠ごとき箱にて何処(いずこ)からも瞬く間に見聞叶う。その数数多(あまた)。この先、独り善がりで一方通行の瓦版は益々、うっせぇわと疎まれよう」  この夫婦、中々世相に明るい。 「ところで、前田殿、二昔前に大いに流行った大河娯楽劇では貴公等を描いていたな」 「細川殿、左様。往時は大河劇の名が『利家とまつ』儂らの名そのもの。境内は大層賑わった。さらに、その一昔前は世も方々で泡が膨れるがごとく浮ついた時代であった。じゃが、泡沫(うたかた)は弾けるのが宿命(さだめ)」  利家も負けじと世相で応じる。 「余を演じた唐沢何某という役者は私生活では往時人気役者の山口智子嬢を娶っておったな。余も好みじゃった。そうじゃ、まつを演じた松嶋菜々子嬢はもっと好みじゃったぞ。うーむ、どうやら此方では余は綺麗な女子(おなご)にモテモテじゃ。ムフフフフ」  一人にやける利家。だが、何やら圧を感じる。それも強い。脇にはジィーッと佇むまつが居た。 「オッホン!ま、そんな事はどうでもよいわ!」  利家は慌ててその場を取り繕った。    やり取りを聞いていた和尚、殿様方に聞こえるように(のたま)う。 「為政の者には、威勢の良い祭りや伊勢への詣でを民が楽しめるよう事態を注視ばかりせず中止を避けてほしいのう。民が名所を愛でれば殿様も目出度いはずじゃ」さり気なく突っ込む。  だが、軽すぎたのか響かない。殿方は阿国の稽古に目を向けた。  手持ち無沙汰の和尚はご夫妻の後方あたりの人影に目を凝らす。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加