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エピローグ
「さぁて、そろそろ利休さんの茶をいただきに頂きに参ろうか。フフッ」
和尚が促し、一行が場に着くと既に紫式部、織田信長に加え御寺の各塔頭を代表して錚々たる顔ぶれが揃っていた。
信長の父、織田信秀。秀吉の異父弟、豊臣秀長。黒田官兵衛、長政親子。毛利元就、大友宗麟など。
「おぉ!今宵はよう集まった。流石にもと勇猛果敢な武将。口、鼻を覆う白頭巾の者は誰もいないわい」
和尚が皆を見回す。
「お茶は、お手元に揃ったかのう」
袂から紙包を取り出す。中は一握りの黒く萎びた小豆。
「今宵は、甘い菓子に替わり、儂が寺でこしらえた塩味の納豆じゃ」
和尚が一人一人丁寧に黒い粒を配っていると、やおら目の前に現れたのは袈裟を纏ったもう一人の僧。端正な顔立ちに峻烈無比の禅の修行を究めた高僧風。
「おや、和尚であったか。其方だけは同じ塩味もこの山吹色の大根じゃ」
慌てて反対側の袂から竹の皮包を取り出す。
「宋彭、時のうざい権力に反して流罪となり苦労をかけた。寺に向けた最悪の災厄を回避し礼を申す」和尚らしさも苦し紛れ。
面前に佇むは御寺の名僧、第百五十三世住職、沢庵宗彭その人だった。
皆が納豆を肴に茶を静かに楽しんでいる。
沢庵だけはシャリシャリ、ポリポリ異質な音色。なるほど反骨、孤高の人である。
やがて音も消え去りあたりに静寂が訪れる。
各々暫し思い思いに耽る中、和尚が独り言のように厳かに云った。
「病は悲しい 戦は虚しい
諸悪莫作 (悪いことをするな)
衆善奉行 (善いことをせよ)
...これからも...よろしゅうのう...」
和尚の言葉を合図に皆が都に向かい静かに手を合わせた刹那、東寺方面闇夜に一閃浮かび上がるは巨大な蝋燭。
その揺らめく炎は新たな夜明けの道標。
それとも一夜限りの灯明か...
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