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番外編 微笑のうらぎり
「どうしてこんなことをしたんだ」
「魔が差したのです」
事件後。警察署の部屋の尋問で彦三郎は淡々と語った。
「最初は博打の借金を店から借りていたんです。でも誰も気が付かないので。つい」
「どんどん使い込んだ、というわけか」
「はい」
夜に紛れて刃物で襲った彦三郎はリヨの反撃を食らい腕は深く切れていた。手当てをしてもらった彦三郎は素直に答えていた。
「で。女を刺したのだな」
「はい。千波さんは聡明で賢い人です……私の横領に気が付くのも時間の問題だと思っていました」
「だから。あの夜、相崎にいるように仕向け、そしてあんたは刺した、というわけか」
「そうだったのですが、まさかあの女がいるとは」
「悪い事はできねえもんだな」
刑事が調書を書く手元を見ながら彦三郎は尋ねた。
「あの、刑事さん」
「なんだい」
彦三郎はなぜ自分が犯人だとすぐにわかったのか尋ねた。
「腕の怪我は確かにそうですが、すぐに私が犯人だとわかりましたよね」
「それはな。現場にいた人間がな。お前さんが『人が刺された』と言ったの不信に思ったんだよ」
「それの、どこが」
「他の人は『斬られた』と思っていたんだ」
「……そうか、私は自分で犯人だと話したようなものなのですね」
やっと納得した彦三郎であったが、横領した金がまだ残っているはずであるが、隠し場所は白状しなかった。
これには警察も手を焼き、相崎に相談しに来た。
「隠し場所ですか。彦の自宅などは探したのですよね」
「ええ。愛人の家も探しましたが、発見できていません」
「千波。何かわかるかい」
「……少し考えさせて下さい」
刑事が帰った後、千波は相崎の奥の部屋で考えていた。
……彦さんが隠す場所って。どこかしら。
千波は姪としてここにいたが、実際、彦三郎の私生活は知らずにいた。そんな千波は気分を変えようと味噌屋の茜の所に顔を出した。
「事情は聞いたわ。大変だったわね」
「ご心配かけました」
「そして。奥さんだって言えたのよね?それで相崎に残ってくれるんでしょう?良かった」」
喜んでくれた茜に千波は心から感謝した。そんな二人は事件の真相に迫った。
「恐ろしい!千波さんを刺すために相崎に来させるなんて」
「ええ。私、リヨさんが居なければこの世にいなかったかもしれま、あ!」
「どうしたの」
「……これで事件が解決かもしれません。又来ます」
そして千波は国松を連れて現場へ向かった。
「本当にそこにあるのかな」
「あると思う……さあどうぞ」
千波は借りている長屋へ入った。事件以来、相崎に住んでいるため近々返す予定の部屋はいつもと変わりはない様子だった。
「でもさ。どうして姉さんの家にあるの」
「彦さんは私が死ぬと思っていたの。だからここは無人になるじゃない」
「すげえ……あ。この床板が浮いているよ」
底を開くと千波の知らないバッグがでてきた。触らずに警察を呼んだ千波と国松は無事、金を回収した。
「と、いうわけさ」
後日、菊屋で仲間に報告した深留に、彼らは驚きの酒を飲んだ。
「すごいね、さすが千波さんだ」
「ねえ。やっぱりうちに嫁に来てくれないかな」
「おいおい……千波さんは深留の嫁さんに戻るって話だろう。な、深留」
「うん。っていうか、もう籍を戻したし」
行動が早い深留に幼馴染は笑ったが、愛すべき深留に男達は祝杯を挙げた。
翌朝、深留は布団でうなっていた。
「頭が痛い」
「飲みすぎですよ」
「飲んでいないんだ……疲れただけ。ねえ、千波」
深留は布団の中で甘えてきた。
「その、服飾の勉強だけどさ」
「うん。いよいよ来週からね」
「僕も一緒に行きたい……」
「ダメね。深留さんはここで留守番よ」
「やっぱり……では、今だけ」
事件解決の相崎の朝、再びの夫婦は二度寝をしていた。幸せの光に包まれた二人は笑顔であった。
fin
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