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秘密の組織
街の中を歩いていた。若者が通り過ぎていく。僕はコーヒーを片手に持ち、横断歩道を渡った。駅前には銅像がある。僕は辺りを見渡した。ふいに背後に気配を感じたので振り向くと、黒いスーツを身にまとった男が立っていた。僕より一回り背が高く、黒縁眼鏡をかけていた。男の顔に面識はなかったが、僕は事前に手紙を受け取っていて、その中に書いてある容姿と寸分違わず一致していた。
「行きますか?」と僕は聞いた。
「それでは案内します」
目の前の道路に車が止まった。銀色のベンツだった。僕らは後部座席に座った。運転手はサングラスをかけている。
「それにしても正直あなたは来ないと思っていました」
男はそう言って、少し笑みを浮かべた。
「ちょっと失業していてね。お金になるなら、仕方がないんだ」
車はしばらくの間、走り続けて、ビル街から住宅地へと街並みが変わっていった。畑や田んぼがまばらにあるところまで来ると、車はマンションの駐車場に入って行った。僕らは車を降りて、マンションのエレベーターの前に立った。
「ここがオフィスですか?」
「目立つとまずいからね」
エレベーターで最上階まで行くと、扉が開いた。この辺りの街並みが見渡せるほど高さがあった。僕らは部屋のドアの前に立った。男がインターホンを鳴らすと扉が開いた。
僕と男は一緒に部屋の中に入った。そこはありきたりな住宅だったが、それらしいものはなく、デスクが部屋の中央に置かれて、数人がパソコンで作業をしている。
僕のところへ五十歳くらいの男がやってきて、別の部屋のドアを開けた。そこには机と椅子があった。僕は彼の向いの席に座った。
「それでいったい僕はどんなことをすればいいんですか?」
僕がそう言うと、男はお茶を飲み干し、たばこに火をつけた。
「ここはこの国の治安を維持するための組織だ。まぁ公安局のようなものだと思ってくれて構わない。ただこの組織は裏の存在だからね。ほとんどの市民は知らずに過ごしている。国の治安を維持するのは大変なんだ。そこに多くの労力と犠牲が支払われている。前置きはこんなところで、来週から、この組織のために働いてほしいんだ」
「どうして僕なんですか?」
僕はずっと疑念を抱いていたことを聞いた。部屋の中は奇妙なくらい静かだった。男は吸っていた煙草をもみ消し、僕の目を見た。
「君が一番理由をわかっているんじゃないか?」
男は僕にそう言ったが、僕としては腑に落ちなかった。ただ多くの給与をもらえることを確認して、僕は部屋を後にした。
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