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フードを深く被る黒衣の人物が、部屋の隅のモルタル壁に背を預けて立っていた。
彼は窓から差し込む夕焼けを受けながら、死化粧を施される前の故人に最期のあいさつを交わす遺族を待っている。
葬儀屋も部屋の入り口でうつむき、静かに、粛々と待つ。
葬儀を依頼されると必ず目にする光景だった。
どこの家のどの部屋でも、必ず、黒衣の人物は部屋の隅でただじっと彼らを見守る。
遺族の涙を、故人の死に顔を、じっと見つめている。
嗚咽を、悲しみの声を、畳に膝をつく遺族の姿は痛ましい。
葬儀屋はまだこの光景に慣れない。
だからこそ、いつも部屋の隅でじっと動じることなく動かない黒衣の人物に、葬儀屋はどこか尊敬の念を抱いていた。
いつしか黒衣先輩と心の中で呼ぶようになっていた。
しかし、黒衣先輩は葬儀屋の仕事を手伝ってくれるわけではない。
葬儀屋は窓の外に、死化粧を施す業者の車が停まったのが見えた。
「……そろそろよろしいでしょうか」
丁寧に、優しく、脇の下に卵を抱えるような繊細さで遺族に話しかける。
「うう、親父ぃ……だから塩分は控えろって」
「あなた、行きましょう……」
喪主の男性は鼻水をすすって立ち上がり、奥さんに連れられて部屋を出て行った。それにお子さん方が続く。
最後の一人が出ていくと、葬儀屋も部屋を出る――途中で足を止めた。
部屋の隅に視線を向けると、今までじっと黙したままの黒衣先輩が、闇に包まれたフードの顔を上げて葬儀屋を見返した。
彼は一つ頷くと、ぐっと親指を立てた。
存在が謎な黒衣先輩だが、いつの頃からか葬儀屋の接客を採点してくれるようにはなった。
最初の頃は親指が下を向いていた採点も……どうやら今日は合格点だったらしい。
その証拠に黒衣先輩はゆっくり頭をうなずかせている。
今の葬儀屋があるのは彼のおかげだった。
黒衣先輩……これからもご指導お願いします!
葬儀屋は一礼して、部屋から出て行った。
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