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それは、まだ梅雨の明けない、蒸し暑い雨の夜の話。
遅番を終えて奏人さんのアパートへ行くと、大家さんが手入れしてる花壇には白い百合の群れが見事に咲いていた。
暗い中でも街灯の光を受けて白く大輪を際立たせるその花は去年はなかったもので、今年新たに植えられたものらしく。
しばらく前からちらほら開き始めて
「あれはカサブランカだよ」
と奏人さんに教えてもらったけど、何しろ花自体が大きいし香りも強いし存在感がすごい。
ふと、金木犀の妖精があのチビどもなら、この花が人の姿を取ったらどうなるんだろうと思ったけれど。
どう考えても化粧も香水もきつい女しか浮かばず、あんまり会いたくないなと首を振った。
「いらっしゃい。お疲れさま」
奏人さんがドアを開けると、なぜか部屋の中からもあの花の香りがした。
「昨日大家さんに会ったらくれたんだよ。暑さですぐ枯れてもったいないから飾ってくれって」
台所の隅に置いたガラスの花瓶に生けられたそれは、やっぱり大きいし、たった一輪でもひどく存在を主張してるように見える。
大家さんっていうのは、隣の一戸建てに住んでるおばあちゃんで、この人は気に入られていて、うまく話してくれて俺のことも弟だと思ってるらしく、関係がいいのは助かるけど。
「ふぅん」
面白くなさそうに見ていると
「気に入らない?」
奏人さんが言った。
「……なんか、匂いがきつくてあんま好きじゃない」
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