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それはどっかで、悲しませたり、興味本位の変な目で見られたりするんじゃないかと思うからだ。
答えられずにいると
「……ごめんよ、とは言わないから」
奏人さんが言った。
「……え?」
「もしも僕と出逢わなければ、きみは苦しんでいなかったんじゃないかとも思うけど、でもそれは、きみが橋本嬢や他の女性と生きていたかもしれないということになるから。それは嫌だから謝らないよ」
俺は笑って言った。
「いいよ、それで。あんたらしい」
頬に手が置かれて、上向かされて唇が重なった。
ついばんで、舌入れて。
自分のだって主張するみたいに。
体が落ち着かなくなる前に離してくれたのはいいけど、親指で濡れた唇を拭われると余計ぞくっとして、その指に嚙みついた。
笑って、奏人さんは俺を見る。
多分、そんなことはしないけどもしも俺がこのまま、指を食いちぎるほど力を入れたとしても怒らないんだろう。
手握って、指先にキスして離すと、微笑んで俺の頬に手置いて、こつんと額をくっつける。
「ありがとう」
「……どういたしまして……」
雨は明け方には止み、奏人さんが家を出る頃にはすっかり夏の日差しが照りつけていた。
といっても、俺がまた寝られるようにと遮光カーテンは閉めたままにしてくれてあるから、隙間から入る日差しで判断してるだけだ。
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