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カーテンを閉めた薄暗い部屋でも、恋人の横顔は綺麗で、どこか透けて見えるように儚い。
「……あんたは、数ある中のひとつなんかじゃねーよ」
笑って、奏人さんは俺の頭に手を置く。
「ありがとう。僕にとっては、きみもね」
置かれた手のひらを握ると、奏人さんは言う。
「……きみが苦しいと思ってることを、僕はどうにもしてあげられないけれど。……ひとつ言うなら、僕はこの世界に存在してるものはすべて、神様にそれを許されているものだと思うよ。人が不必要と考えるものすら、何かしらの理由があってそこに在るのだと思う」
俺より華奢な指先を握りしめて、思った。
「……それ、俺のために考えてくれた?」
「いや?明け方にふと思っただけだよ。それじゃ、行くから」
唇にキスを残すと奏人さんは出かけて行き、俺は――――目を閉じようとして、すんと鼻をくすぐるあの香りに気づいた。
ベッドから起き出していって見ると、百合を生けた花瓶はまだ玄関にあり、多少香りは変わっていたけれど、相変わらず雌しべから透明な蜜を点々と垂らしてたたきを汚していた。
「……お前さあ、そんなに頑張っても、ここには虫も来ねーし、もう花粉も取られちまったよ」
しゃがんでよく見ると、雌しべだけじゃなく花弁の内側も透明な液体を光らせていて、その蜜が香るんだろうかと思って顔近づけたけどよく分からなかった。
もしかしたら、こいつも本当は受粉出来るかなんてどうでも良くて。
ただ枯れるまで自分を全うするだけなのかもしれないなと思った。
ふぁ、とあくびが出て、俺はベッドに戻って、あの人の匂いする布団に潜り込んだ。
『実を結ばない花 ――金木犀と神隠し5――』了
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