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「──あの人は自分が責められるようなことはしたくないだけだ」
だから気にすんな、と私の目の前に取り分けたサラダを置く花田さん。それを真正面から見る私。後方では居合わせた女性陣がチラチラと視線を投げている気配がする。ちなみに、これはファンミーティングではなく部下を労わる会である。
本日の面談で大立ち回りをした部下を褒めてやると、なぜが憐れみを深くした目で居酒屋まで連れられて今ここ。
先日までは、あくまでも上司と部下の熱量だったはずだ。なんだこの視線は。花田さんの態度といい、まるで保護犬を見るような視線である。
きっかけはアレだろう。あの書類から視線を上げた時の「うわぁ……」みたいな顔。私はしっかり見ていた。あれは本気で不憫なものを見る目だった。弱きものを踏みつけて歩きそうな花田さんでも同情するレベルらしい。
今まで花田さんが私に優しくする理由なんて、きっと部下の指導やマネジメントもしてますよという実績をつけるために、直属のアシスタントであり御しやすそうな私が選ばれただけだろうと正直思っていた。
しかし今なんて甲斐甲斐しく「ほらなんでも食べて良いぞ」「適当に頼むから、口にできそうなら食え」「元気出せ」と何かと食べさせようとしてきている。別に結婚詐欺にあって食べるのにも困ってるなんて言っていないが、そう思ってそうな目をしている。
ありがとうございます、とモソモソ野菜を口に入れると満足したのか花田さんはウンウンと頷きながらグラスを傾けた。
今更だが、俳優のような我が社のエース・花田さんでもこのような大衆居酒屋に来るのだなと違和感がすごい。
勝手に高層ビルのバーから下々を見下ろしながら飲むシャンパンでしか満足できない人種かと思っていた。偏見だったようだ。
流されるように盛ってもらったサラダを頬張っていたが、それより先にやらなければいけないことを思い出し急いで飲み込む。
正直、あの書類を出して事実を示せば周囲の態度は変わると思っていた。
真実をつまびらかにして、誤解をといて、めでたしめでたしという風に。
しかし現実世界ではそんなにことは簡単に済まなかった。事実がどうであれ、人は見たいようにしか見ないし、一度ついた印象は変わるまで時間がかかるのだ。
良く言えば温厚な二宮部長は、揉め事を嫌う。真実はどうであれ、部内の空気がこれ以上悪くなるのは避けたいというのはわかっていた。事実と異なるとは言え、あんな噂が広まるなんて元から問題があったんじゃないの?とまで言われることを覚悟していたが二宮部長からの元々の心証に助けられたか。
いや、違うなと目の前で焼き鳥を串から外して私の前に皿を押し出す花田さんを見る。甲斐甲斐しい彼女かのような気の回しようだ。
「あの、先ほどは二宮部長への説得をありがとうございました。さすが、営業トップなだけあるなと思いました」
「はは、惚れたか」
ちょっと茶化すようにぺこりと頭を下げれば、軽いノリの冗談が返ってきた。花田さんだから軽快なジョークになっているが、これが二宮部長だったらセクハラに聞こえそうだと真面目に考えてしまった。
私の反応が遅かったことが花田さんの心配を誘ったようで、ぐっと眉を下げ「笑えねえよな」としんみりとした空気を醸し出された。花田さんは今日真実を知ったかもしれないが、私は失恋して何か月か経過しているので温度差がすごい。ごめんなさいもうそんなに引きずってはないんですとは言いづらい空気だ。
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