衝突

2/3
前へ
/39ページ
次へ
 タイムリミットを教えてあげたが、清水さんはまだ終わらせる気が無かったようでボソリと呟いた。 「男だけじゃなくて仕事も横取りとかサイテー……」  延長戦のゴングに顔を上げて清水さんの顔をまじまじと見返せば、勝ち誇ったように口元を歪ませた嫌な笑顔があった。なるほど。その意地の悪い顔を見たら妙に怒りも沸かなかった。  ゆっくりと立ち上がり、清水さんの前に立った。  殴りかかられると思ったのか、清水さんは少し下がってしまったが殴るなんてとんでもない。  私は至って穏やかな表情で、またもや5メートル先にいる人に話しかける声量で清水さんに質問を投げた。   「よく聞こえなかったのですが、清水さん、”男だけじゃなくて仕事も横取りとか最低”とはどういう意味ですか?」 「えっ、ちょっと」  清水さんは焦ったように周囲に目を向け、キョロキョロとしている。どうやら聞こえなかったようなので、ハッキリと聞こえるように質問を繰り返した。 「どういう意味ですか?教えてください。清水さんがおっしゃっていた”男だけじゃなくて仕事も横取りとか最───」 「私そんなこと言ってないから!」  とぼけるつもりのようだが、そうはいかない。延長戦を始めたのは清水さんの方じゃないか。 「え?言いましたよね。おかしいなぁ。まあ清水さんは私にチャンスをくださったんですもんね」 「……はぁ?」 「だから清水さんは私に仕事を譲ってくださったんですよね。ありがとうございます」 「譲ってない!!」 「まさか、忘れちゃったんですか? 全部譲ってくださったじゃないですか。清水さんの担当営業さんの取引先のB社、C社、D社、E社とそれから」 「ちょっと……!」  今まで清水さんが私に無茶ぶりしてきた案件をここぞとばかりに言ってやろうとしたが、遮られてしまった。後ろ暗いことが無ければ堂々としていればいいじゃないか。 「こんなに貰っちゃって……清水さんの仕事、残ってますか?」  決して煽っているように聞こえないように、とぼけた顔をして清水さんの顔を覗き込んでおいた。上目遣いでもしようかと思ったが、変な興奮状態により少し口角が上がってしまったかもしれない。 「~~~~もういい!」  清水さんはことごとく私の言葉を遮ってプンプンと怒りながら、自分の席ではなく彩さんの方に向かって行く。こちらの方まで「最低」だとか聞こえるが、ここは職場だということを忘れてしまったんだろうか。  清水さんと表立って揉めることは避けたかった。  いつか噂が風化し、状況も落ち着いてきたら元の状態に戻るために衝突は避けたかった。だから今まで嫌味や嫌がらせに気付いても流していたのだ。  だけれど、我慢して流して耐えたって一向に状況は良くならなかった。  それは一重に、私がナメられているからにすぎない。  こいつはこういう扱いをしても良いのだ、と思わせてしまったから。坂道を転がり落ちるように状況は悪化していった。  存在感を消すようにそっと着席すれば、荒ぶる清水さんの話に耳を傾ける彩さんの強い視線に気付く。  彩さんが私の方を見るのは、あの非常階段ぶりのことである。あれ以来、廊下ですれ違おうが更衣室で鉢合わせしようが、いないものとして扱われてきた。こちらからも話しかけようとしなかったので成立してたんだが。  苛立たし気に強く睨む彩さんと視線が合い、今度はニッコリと笑い返してあげた。  きっと花田さんならこうするだろう。  文句があるなら言ってみろ、とでもいうように笑ってやった。  二宮部長との件で私は反省したのだ。  黙って時間が経つまで待っても、かぶった汚れは取れないのだ。  本当のことは自分や大切な人がわかってくれさえいればいい、堂々としていればいい。誠実に清く正しく生きていれば〜なんて道徳の教科書通りにいきはしない。今回の件でよーくわかった。  私の今の目標は「強くなること」と、あとは花田さんへの恩返しだ。  目標に向かって一歩づつ。今回は清水さんからの”借り”を1.5倍で返してみたのだ。これで少しは近づいただろうか。……強く、というか狂犬のようだと思われていないか心配なところだが、前進してると信じたい。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

452人が本棚に入れています
本棚に追加