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きっかけ
新卒で入社してきた森田楓の教育担当は、三年目の流川彩だった。
新入社員と、初めて後輩指導を任された三年目社員。お互い初めて同士でギクシャクと上手くいかない部分もあったがそれでもやりながら学ぶしかなかった。お互いに。
最初は距離があった先輩と後輩の間柄だったが、歓迎会などで新卒の女子社員を狙う既婚社員から守ったことで森田から「彩さん」と呼びかけるほどに仲は縮まった。
お互い”初めて”の慣れない業務に四苦八苦しながら、二人三脚で邁進していく連帯感があった。会社内のことから、会社外のことまで相談し合う仲になるのに時間はかからなかった。
流川が後輩指導業務を終え、森田が独り立ちをしても関係は変わらなかった。
流川は異性にモテるタイプだったが、つい依存的になってしまって彼氏に振られてしまう。いつもの流川の愚痴にも森田は飽きずに根気よくそばにいた。
反対に学生時代の彼氏と別れてから新しい人を探そうとしていない森田を連れて、合コンに行くこともあった。
その頃には気の合う友人のような距離感から、心の弱い部分を共有するような間柄になっていた。少なくとも、流川はそう感じていた。
しかし、いつからだっただろうか。
二年ほど前のことだった。森田が流川に隠し事をするようになった。悩んでいるような顔をするくせに何度水を向けても一向に話してくれる様子も無く、いつか時が来たら相談してくれるだろうと待っていた。
その日の昼休みにも落ち込んだ様子で、ランチにも来なかった。
森田の様子が気がかりだった流川は早々に昼食を切り上げ森田を探した。
きっと腹を空かせているであろう森田のために、森田が以前好きだと言っていたサンドイッチまで買ってきた。
これを見た森田はきっと何度もしつこいぐらいお礼を口にして、相談してくるだろう。
きっと森田は先輩である流川に遠慮しているのだ。先日、また彼氏と別れたと遅くまで愚痴に付き合わせたところだった。
森田が同性で良かったと何度も思った。
同性だからこそ、ずっとこうして友人でいられるのだ。最近では森田がいれば男はいらないかもしれないとすら流川は思っていた。
そう思っていたのは自分だけだったと証明するように上を見て固まる。
───探し人は非常階段にいたのだ。男と。
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